ゆめうつつ


視界はひどく薄暗い。ぼんやりと行灯に照らされる、ここはどこかの茶屋の一室だろうか。
踝にびろうどのような感触、その下の膨らみはたぶん畳のへりだろう。

これは夢だ、
ということならわかっている。
天井は端に行くにつれてぐにゃりと曲がって見えるし、緩やかな地震でも起きているかのように床は揺れている。思考には霧がかかったみたいではっきりしな い。


おれは近藤さんの膝の間に抱かれている。
裸の背に当たる胸板の感触は温かだけれど、大脳皮質が紡ぎ出した幻だと思えば虚しい。虚しいと思うのにこの腕を振り切ろうという気にもなれない。
現実では望むべくもないのだからせめて。
夢の中でぐらいは慰めに浸ってもいいだろう、と、どんより思う。


だれにもやらない。おまえだけをあいしている。

近藤さんの口元が動くのを睫の底から眺める。
おれの名前を呼ぶ、耳底を擽る甘い響き。

笑えるぐらい陳腐なせりふ、けれどこれを言わせているのは自分の深層意識で、こんなことを自分が望んでいるということをまざまざと見せ付けられて、
それこそ反吐が出そうになる。


かれを護って刀を振るえる、それで十分だったはずなのに。いつしか欲と情にまみれこんなにも澱んでしまった。そのせいでおれたちの間の絆までもが穢れてし まうのが悔しくて、情けなくて言葉もない。

拭い去れない底なしのエゴ、これさえなければ、おれはほんとうに近藤さんの唯一無二の戦友として、胸を張って隣にいることができるのに。
彼を利することのみできればどれだけいいか。かれの幸せだけを望んでいられればどれだけいいか。



『邪魔だと思うか』

はっとして面を上げれば、いつのまにか向き合って立つ、隊服のかれがこちらに刀を差し出していた。
ゆっくりした動作でおれの右手に柄を握らせると、耳元で囁く。

『じゃあ斬ればいい』


身が竦む。全身に怖気が走る。
柄が、まるで初めて握ったときのようにどしりと重い。


おれに斬れるわけがない。
欠片でもいいから愛されたいと、酸欠の金魚みたいに口を開けている。
ゼロに限りなく近い可能性に縋り、嫉み、時には翻ってかれを憎み、それでもおれはこれを斬り捨ててしまえないのだ。この熱情が近藤さんの形をしている限 り。


近藤さんの目は笑っていない。
やわやわと開く唇を凝視する。遅れてことばが耳に届いた。
『そうやってお前は、ぐずぐずに腐っていくんだ』


ほら。指差され見遣ればおれの腹にはぽっかりと虚のような穴が空いていた。底は深くて黒い。
鼻腔を衝くどこか甘い、腐れた匂いがどこから漂っているかを自覚する。どんどんと匂いは強くなり酸素が足りなくなり、




息が出来ない、と思った。
頬に当たる部屋の冷たい空気に、自分が覚醒した事を知る。
溺れた人間のように荒い息をついて、むせ返りそうになりながら呼気を整える。
喉でおかしな音が鳴る。生理的な涙で目尻は湿っていた。

咳き込んでいると背中を温かなものが擦る、身を固くして振り仰げば、枕元に膝を付いた近藤さんがこちらを覗き込んでいた。
「な、」
なぜおれの部屋に。発音する前に、近藤さんの食指が下唇に当てられた。おれは封じられて言葉を飲み込む。近藤さんの眼は穏やかに凪いでいる。慈しむでも哀 れむでもない、死に行くものへ向けるようなまなざしだった。

厚く節ばった手がゆっくりおれの額を覆い、
まるで睦言でも囁くかのような低く甘い声。

「眠れ」


骨の髄まで沁み込んだ、身体は諾々と声に従う。
ああなんて性質が悪い、これもまたきっと夢なのだ。





090218