スロウ


ぱく、と携帯電話を開く。ディスプレイに表示される数字を眺める。

「ぶっとばされて出てくるまでの平均タイムが三十二分四秒ゼロ八。今日は粘りますねィ」

安い居酒屋の一番奥まった、のれんがかかっていて半分個室になったようなテーブル。
官庁参りの帰り、いつものキャバクラに行くと云って聞かない近藤を該当店に下ろし、自分達はすぐ傍のこの店で待つことにした。

土方は忌々しそうに舌をひとつ打つと、のれんをあげて店員を呼んだ。
品書きの焼酎のページを開いて銘柄を読み上げる。強くも無いくせに度数の高い酒ばかり飲みたがる。

「じゃあ俺も」
「コイツはウーロン茶」
土方さんずりー、俺も、と子供じみた声を上げると、誰が運転すんだ、と一蹴された。理不尽だ。


間もなく運ばれてきたグラスを受け取り、半分ほど煽って土方は云った。
「毎晩毎晩、あのひともよくやるよ」
半分同意だったけれど、鼻を軽く鳴らしてみせる。
「まあ自棄酒の一杯もひっかけたいんでしょうよ」


伊東が死んで随分とやり辛くなった。
うちには元々政治に長けた人材がいない。近藤は莫迦みたいに人がよい。土方も、他の連中も、残念ながら口から先に産まれてきたような官僚とやりあえるほど 頭の回転がいいとはいえない。弁も立たない。

伊東という交渉役がいなくなった途端掌を返したように予算を絞るだの、騒ぎの不始末にかこつけて権限を縮小するだの、とっつぁんが間に入ってくれはしたも のの来期からは厳しいことになるだろう。
今晩も直接かけあいに出向いた官庁のお役人に体よくあしらわれて、収穫もなく帰途についたところだ。

手練と手管と駆け引きと。あの古狸たちと渡り合っていくには並大抵のことでは敵わない。伊東のやり方と自分たちのやり方と、どちらが賢いかなど自明だ。
汚い真似をしてでも上層部に食い込んでいかない限り真選組は、いつ切り落とされるか分らないとかげの尻尾のような扱いをされ続けるだろう。


自分はそれでも構わないと思う。悲観するつもりもない。
命を賭すのは真選組ではなく近藤そのひとなのだから。
泥舟だろうがなんだろうが離れる気など更々無い。いつかの伊東の言葉を思い出して、ふと目を細めた。



いつの間にかテーブルの上には半分ほど飲みかけのグラスがいくつも転がっている。この男はこういう汚い飲み方をする。
随分と赤くなった頬をこちらへ向けた土方は、目が合うとひく、と喉を鳴らした。

「お前、よくおれに、死ね死ね言うけどよ」
アルコールで多少呂律が回っていない。つっかえつっかえぼやく。
「どうやってくれんの。一思いに袈裟懸けなの。それとも生爪剥ぐみたいにしてじわじわ殺すの」

自分はさらと答えてやった。
「そんな情熱的な殺し方なんぞしてやりやせん」

土方は、はは、と笑った。心底可笑しそうな笑い方だったものだから顔には出さずにむっとした。

そんな、自分を刻み付けるようなやり方はしてやらない。事故にみせかけたり病気にみせかけたり、自然な成り行きで自分が近藤の隣に陣取れるような死に方が いい。

あのとき土方が道場に来なかったら。近藤と出会っていなかったら。
そもそも土方が産まれていなかったら。
そんなことをもう何度も何度も擦り切れそうに考えている。
こいつを殺したい、のではなく、こいつの存在を無かったことにしたい、というのが、きっと一番正しいのだと思う。



土方はちびりと煽ったグラスをかたんと置いた。水滴まみれになったグラスの腹を親指が無造作に掬う。

「たまに、全てが、」
決まっているような、気分がする。

ぼそりぼそりと呟く、土方のことばを耳の底で追いかけ、
舞台を見るような気持ちで次のせりふを待った。

「伊東が死んだのも、組が上手くいかないのも、あのひとがあの店で飲んでいるのも、おれがゆっくり狂うのも、みんな決まっていたことで、」

そこまでうかされたように云って、土方はふと口の端を上げた。


おれはあのひとを殺したがっていて、
あのひともおれに殺されたがっているんじゃないかと、

たまにそう、思う。




すう、と頭の中が醒める。

自分は目をぱちりと瞠った。
それが強張っているのに、気づいているのかいないのか土方はため息を漏らした。それは安堵にも似ていた。


「そうしたらお前、おれを殺してくれるんだよな」




易々と目の裏に広がった想像に戦慄する。近藤の体の上に斃れる土方の死に顔は穏やかで、それはまるでこいつの言うとおり、生まれる前にどこかで見てきたよ うな画だったので、
おれは反吐が出そうになった。





081130