夏風邪は馬鹿が


引き継ぎを忙しなく済まして、俺は局長室へ続く廊下を裸足で急いだ。
靴下は滑るから脱いだ。

近藤さんが夏風邪を引いた。
あのひとは見かけ通り滅多に体をこわしたりしないが、数年に一度質の悪い風邪にやられることがある。
多少医術の心得のある山崎もただの風邪ですと云いきったし、念のために主治医を呼んで診て貰ったけれど答えは同じだった。二日三日寝込めば翌日はカラリと起きあがってくるのがいつものパターンとわかってはいるが、やはり気がかりだし、心休まらない。
できることならばずっと傍についていたいけれど、局長と副長が揃って戦線離脱するわけにもいかないし、近藤さんもそんなことを望んでいないだろうと思ってちゃんと隊務をこなしている。

そのぶん、少しでも身体が空いたなら顔を見にいく。それくらいは許されて然るべきだと思う。
腕時計をちらりと見る。朝からずっと駆り出されていたから、もう半日も顔を見ていない。
気が急く。早足になるのをいなめない。


角を曲がったところで、洗面器と手ぬぐい、水差しを小脇に抱えた山崎が局長室の障子を閉めるのが見えた。
「あ、副長」
「どうだ、近藤さんの体調は」
上がった息を悟られないように、低い声でたずねる。
「ああ、もう起きあがっても大丈夫ですよ」
山崎は顔の横で手を振って見せた。
「明日辺りには復帰出来るでしょう」
「そうか」
胸をなで下ろす。山崎は後頭部を掻きながら可愛くない笑顔を作る。
「バカは風邪引かないって云いますけどね」
「ああん?」
何か云ったか、と凄むと肩を竦ませた。
「ななななんでもないです」
山崎のくせにバカとか云うな。一万年早ェんだよ。


逃げるように走っていく山崎を尻目に、俺は咳払いをひとつして障子越しに声を掛けた。
「近藤さん、入るぜ」
「おー」
中から少し掠れた返事があった。戸を引くと、下半身にタオルケットだけかけて上体を起こしている近藤さんと目があった。
大股で近づいて、布団の脇に座り込む。

「一日布団に縫いつけられてると退屈じゃねえか」
「そうでもねえよ。みんな顔見せに来るしな」
「そりゃよかった」
実質の仕事の役に立ってる立ってないは横に置くとして、このひとは組のムードメーカーだから、常にうろうろしててもらわないとなんとなく落ち着かない。その思いはみな同じらしく、なんだかんだでヒマを見つけては隊士達が入れ替わり立ち替わりに見舞いに訪れている。枕元には奴らが持ち寄ったと思われる、駄菓子だの果物だのがごちゃっと置かれていた。
でんでん太鼓が目に入って、俺は口の端で笑った。バカにしてんのか冗談なのか。
「却って五月蠅くって眠れないのじゃないか?」
「そんなことねえよ、まぶたが目に貼り付いちゃうくらい寝かせてもらったぜ」
「そうか」
鼻声はなおっていないけれど、昨日と比べたら血色も大分良くなっている。よかった、このぶんだと本当に明日には復帰出来そうだ。
「熱はどうだ?」
「もうあらかた引いた」
「どれ」
布団の上に体を乗り上げて額を合わせようとしたら、慌てた声に制止された。
「わわっ」
肩を掴まれ遠ざけられて、俺は軽くしりもちをつくみたいになった。
こんなふうに接触を避けられると、悪気がないとわかっていても傷付く。
「なんだよ…」
じと目で睨むと近藤さんはよくわからないフォローを始めた。
「いや、その、ここ数日寝込んでただろ?」
「ああ?」
「そんで、その間、トシにも触れなかったわけで」
「で?」
「あー、だからな、その、あんま顔とか寄せられると…」
引かれた腰と泳ぐ視線にぴんと来て、俺は近藤さんの股間に手を伸ばした。
「うおッ」
やっぱり。前がつっぱって熱くなってる。

「ご、ごめんトシ、えーとコレはその」
「謝ることねえよ」
男の生理だ。それに、
俺で反応してくれてるのだと思うとすごく嬉しい。身震いするほど嬉しい。
思わず顔が緩んでしまう。

「溜まってんだろ」
再び、ずい、と身体を寄せる。
「そりゃ、そうだけど、トシ…!」
俺の肩に載せられた手はうろたえたように揺れたけれど、本気で突っぱねるつもりはないらしい。それをいいことに俺はさっさと近藤さんの裾をめくり、褌の前をくつろげた。汗の臭いと、いつもよりきつい体臭が鼻を衝いたけれど、構わず口に含んだ。近藤さんの匂いだと思うと興奮した。厭らしい臭いだと思った。
「やめ、汚いって、…う」
雁の皮を丁寧になぞって、筋に沿って下ろして、袋の裏まで舐めあげる。先端に戻って、ぎりぎりまで口に含めてあごを上下に動かすと、しょっぱい味にまじって、苦みが口腔に広がっていく。
口の中で脈打つ血管を感じて、自分も矢も盾もたまらなくなった。
踵の付け根で自分の性器を、扱き上げるリズムに合わせて圧迫する。

えづきそうになるのをこらえて律動を早める。
「で、ちまう、離、せ…ッ」
近藤さんが上擦った声を上げるのに、奥を締めて返事に代える。幹がどくん、と膨れて、その弾みで俺も腰を震わせた。
叩きつけられた熱を受け止める。器官に入って軽く噎せながらも意地で飲み下した。
いがいがした生臭いのどごしだけれど、近藤さんが俺で欲情して吐き出したものだと思うと一滴もこぼしたくない。口の端を伝う雫を舌ですくって、喉を鳴らす。

恍惚としてあごを浮かすと、近藤さんはばつが悪そうに唸った。
「…すまん、俺だけ」
「気に、すんな」
掠れた声で応じたけれど、実をいうと近藤さん『だけ』なんてことはない。
喉に出されたときに自分も達してしまっただなんて、恥ずかしくて云えない。

二の腕をつかまれ引き寄せられる。胸板に顔が埋まる形になった。
「風邪治したらちゃんと、お前も気持ちよくしてやるからな」
前髪をかきあげられて、俺ははにかんだ。
期待してるぜ、と云ったら頭をぐしゃぐしゃっとやられた。



後ろからだっこされてしばらくいちゃいちゃして、見回りの交代の時間ぎりぎりまで粘ってから重い腰を上げた。
満ち足りた気持ちで部屋を後にする。
立ち上がったら濡らした下着が気持ち悪かった。早く厠に行って始末しよう。

部屋を出て数歩歩いたところで、原田を先頭に、隊士どもがどやどやと廊下を渡ってくるのが見えた。俺と入れ替わりで見舞いに来たところらしい。
「お疲れーっす」
「おう」
「局長どうですか」
「もう起きてもいいみたいだぜ」
そんなセリフを適当に交わしながら行き過ぎようとしたら、最後尾の総悟がぼそりと云った。
「口元、ついてますぜ」
出会い頭に何を。訝しげに聞き返す。
「は?」

「陰毛」

ばっと口元に手を持っていって、しまった、と思った。
振り向きざまに、やーいひっかかった、といわんばかりのイヤーな笑顔をくれて、総悟は近藤さんの部屋に駆けこんでいった。


いい気分とか台無しだ。台無し。
あいつだけはほんとにいつか殺してやる。