青を彫る


「ここにさ、刺青入れろよ」
「なんだ、いきなり」

ずっと俺の背中を指で弄っていたトシが、前置きもなしに呟いた。
行為の終わった後の、どこか浮かされたような声音だったので、俺は介せず羽織を纏う。

生地で隠れた背中を指が布越しにさすり、
「なぁ、入れろよ」
繰り返すものだから、くすぐったいのも半分手伝って、喉をくく、と引きつらせる。
極道じゃあるまいし、彫り物を背負ってる局長だなんて旨くない。
第一痛いの嫌いだからな。我慢が持たねぇよ。そう言い添えて、
「何て彫るんだ」
問うと、トシは声も潜めずに淡々と応える。
「おれの名前」

「はは」
「笑うなよ」
笑い声を怒ったように遮って、上体を起こした。
俺のほうににじり寄る、裸の膝が畳と乾いた音を立てる。トシは言い募った。
「そうすれば、もうあんたはおれ以外の誰とも寝られないだろ。たとえ誰かと寝ても、あんたはおれのもんだってわかるだろ」

トシの表情は冗談を言っているときのそれじゃなかったので、俺は苦笑いも返せず神妙に眉を寄せた。
「あんたはおれのものだって、彫りたい」
駄々を捏ねるような、それでいてどこか悲痛な。



この世が、あんたとおれしかいなけりゃいいのに。
トシはよく、臆面もなくそんなことを云う。
まるで俺と自分の間の全てをとっぱらってしまいたいみたいだ。

俺ならそうは思えない。たくさんの人に支えられて自分があって、たまたま軌道上で一番近いところを回ってるのがトシだ。俺を取り巻く様々な『護りたいも の』とそもそも不可分で、簡単に切り離せるような存在じゃない。

俺たちのその認識の違いはいくら身を寄せ合っても、きっと飛び越えられるものじゃないのだろう。そう思い至るたび胸元でちりと火花のような痛みが閃く。



ふ、と小さくため息を吐く。肩をそっと抱き寄せれば、身体は抵抗もなく腕の中に納まる。顎を引いてゆっくり、諭すように尋ねた。
「お前が俺だけのものじゃないように、俺もお前だけのものじゃない。そうだろ」
納得しかねるのか返事はなかった。強張った、不服そうな眼差しが返ってくる。俺はそうっと掬うように言葉を選ぶ。
「例えば俺が、組の連中もどうでもいい、二人でどっかに逃げよう、とか言い出したら困るよな」
トシは今度は素直に頷いた。
「そんなのはあんたじゃない」
「そう、だから」
「だから、」
続く言葉は強い語気に打ち消された。

「刺青くらいしてくれたって、罰は当たらねぇだろ」
こちらを射るトシの瞳が深く、ぞっとするくらい黒くて、暫し言葉を忘れた。
こいつにこんなことを口走らせているのは、こいつをこんなにしてしまったのは、紛れもなく俺なんだ。そう思ったらわけもわからず、ただ息苦しくなった。





080803