スウィートスポット


頭の中が湯気でも立ったみたいにぼうっとしている。
みしみし痛むリンパ腺を押さえながら、おれは鼻をすすった。

どしゃぶりだった一昨日、大掛かりな捕り物があって。濡れた身体でそのまま一晩夜勤に出て、更には着替えもせずに畳に倒れこんで。
目が覚めたら覿面に風邪の諸症状に見舞われていた。
自分の体力を過信していたのが敗因だろう。煙草ばっかり吸ってるせいで、瞬発力はともかく持久力が著しく衰えてるっていうのに。若い頃と同じつもりで動くからこういうことになる。

先ごろしまったばかりの火鉢を引っ張り出し、どてらを羽織り、今のおれは団子みたいに丸まっている。

身体はまだ重いけれど、丸一日寝たら寒気や頭痛は和らいだようだ。山崎の持ってきた粥も食べられた。
柱時計の音が遠くで聞こえる。時刻は午後の三時。ふとんは先ほど抜け出したときのままになっている。
肩を竦めて、つぎの宛てられた絣に頬を埋める。押入れに入っていたどてらの樟脳の匂いがかすかに、詰まった鼻を衝いた。
随分古臭いそれが、近藤さんのお下がりだったのを思い出したら、急に落ち着かない気分になった。そわそわしたものが、内股の辺りから這い上がってくる。

具合が悪いんじゃなかったのかよ。自分につっこみを入れながらも、手はそろそろと腿に這う。着物の裾を割り、下帯の上から指先で撫でるとそこはいつもより熱を含んでいる気がした。息がだんだんと上がっていく。茂みに掌を滑らせ、冷えた中指で粘膜をそっとなぞる。体温に馴染むまで待ち、指の輪で亀頭を握りこめば、すぐにぬめりが生まれた。心もち遠い感覚がじれったい。少し乱暴に幹を掴むと甘い疼きが腰に刺し込んで、おれは呻いた。


そのとき、
「トーシ」
呼ばれてびくりと背筋が伸びた。慌てて下帯の中から手を取り出す。
立て付けのあまりよくない襖をよいしょと引っ張って、現れた巨体は他の誰でもなかった。
「こんどおさん」
ぬるつく手をぶらぶらと振りながら鼻にかかった声で呆然と応えれば、近藤さんは眉を残念そうに下げた。
「まだひでー声だな」
どすどすと大股でこちらへ近づいてくる。
「おかゆ食ったか」
「ん」
枕元の食器を指差そうとすれば、てっきり向かいに座ると思っていた近藤さんがおれの後ろに回りこんでくる。不思議に思って振り仰げば、すぐ後ろで膝を落とした。
膝の間におれを抱きこもうというのだ。思惑がわかったら嬉しいやら恥ずかしいやらで肩が竦む。
「まだちょっと熱いな」
背中にふわりと被さった体温が、布越しに少しずつ浸透してくる。おれはがまんができずにぶると身体を震わせた。
「どうした、寒気がするのか」
おれは首を振り眉を寄せた。かみ締めた奥歯がわななく。
肩に顎が乗せられ、こちらを伺うように覗いてきた。顎を引いたまま鼻先を寄せると、そのまま唇がそっと触れた。
緩くついばむようなキスを何度も。近藤さんの唇の厚み。時折顎を掠める髭の感触。さきほどまでうずまいていた熱が、また臍下を支配し始める。
深くならずに終わってしまうのが名残惜しくて、離れる唇を舌で追いかけた。

近藤さんは苦笑して、首を引いたかと思うと、今度はおれの耳朶を食んだ。
「耳、赤い」
後ろから舐るように舌が這い、甘く歯が立てられる。こめかみの辺りがぴりぴりと痺れた。
「う、」
堪らず短く息を吐くと、舌先がぐるりを巡りながらそろそろと中心に近づいてくる。耳の中でちゅ、といやらしい音を立てる。
「あ、あ」
喘ぎみたいな自分の声に辟易してよじった身を、近藤さんの腕ががっちりと抱き込んだ。力強さに腰が蕩ける。
ふ、と息が吹き込まれ、鼓膜の一番近くで、囁くように声が呼ぶ。
「トシ」

ずるり、衝撃が身体を駆け抜けて、おれは背をしならせた。
真っ白になる意識。
痙攣、のあと、遅れて戻ってくる呼吸。
信じたくないことだけれど今ので吐精してしまった。下着の中の気持ち悪さとばつの悪さに、生理的な涙がにじむ。


「わわ」
ぐたりと力の抜けたおれの体重をまるごと受け止めた近藤さんは、驚いたような声を出して、大丈夫か?と繰り返したずねる。

喉を晒して長い息を吐く、おれのぼんやりした瞳と目を合わせて、近藤さんは眉をいぶかしげにひそめた。
「…え、トシ、まさか」


ああ、ちきしょう。そのまさかだよ。誰がこんな身体にしたと思ってんだ。
毒づいてやりたかったけれど、五体を包み込む目も眩むようなほてりに負けて、おれは意識を保つことをあきらめた。

風邪、まだ治んねぇだろうな。





080510