薄荷中毒


屯所の裏門へ続く細道を曲がったところで、十メートルほど向こうに見慣れた制服を認めた。歩き方と髪型とで、誰だか大体見当はつく。

「おーい」
声をかけると、山崎は素早く振り返って会釈を遣した。
手にはスーパーの袋がいくつかぶらさがっていた。
またいつもの使い走りだろう。難儀なことだ。

小走りで近寄り、隣に並ぶ。袋からは煙草のカートンが2本ばかりはみだしていた。薄緑に銀の縁取りをした、かわいらしいデザインのパッケージ。
「こんなもん吸ってるのか、あいつ」
思わず出た言葉に、山崎ははい、と律儀に返事を寄越した。
「最近これに変わりました」
メンソールなんか、女子供の吸うもんだーなんて云いそうですけどね。首をかしげられ、喉のところで苦いものが渦巻く。
こいつのなかに辛うじて残っているらしい土方神話を大切にしてやりたいと思ってそれ以上のコメントは控えた。

門を潜ったところで思い立ち、
「俺が渡しといてやろうか」
ちょうどあいつの部屋に行くところだし。そう申し出たけれど、
「いや!局長にそんなことさせて後で殴られるのは俺なんで」
身を竦めた山崎がビニール袋を抱えて必死に首を振る。
どっちを思いやっているのだかよくわからない言い草だけれど、まあそうだろうな、と頷いて伸ばしかけた手を引っ込めた。



「シーッ」
トシの部屋の前まで来ると、山崎は俺に向き直って人差し指を口の前に当てた。
抜き足になり、おそるおそる開けはなしの障子に近づく。
「不肖山崎退、ただいま戻りま…」
蚊の鳴くような声に被せて、怒声が飛んできた。
「遅ェぞ!何ちんたらしてやがる」

袋を放り投げるように手放し、及び腰のまま山崎があたふたと踵を返す。

「三分以内って云っただろ!」
追って飛び出してきた上体を、肩を使ってせき止める。
どうどう、と云った後で、なんだか牛みたいだと思って苦笑した。
「、近藤さん」
トシが驚いて顔を上げるその隙を幸いと、足音が一気に廊下を駆け抜けていく。

「あ、くそ」
「局長、恩に着ます!」
曲がり角の向こうから上擦った声が飛んできた。





上着を脱いでそのへんに放って、早速ビニールの包装を剥き始めるトシの向かいに胡座をかく。
書類に混じって置かれた、吸い殻で盛り上がった灰皿に苦々しい気分になった。


「なぁ、煙草やめろよ」
どうせふかしているだけで、ろくに吸っていやしないんだから。
何かの弾みに思い切り吸い込んではげほげほやってるの、知ってるぞ。
ころころ銘柄を変えるのも、口当たりのいい軽いものばかり選ぶのも、味なんかわかっていない証拠だ。
皆までは言わずに、咎めるような視線を送った。

トシは悪びれもせず、ゆっくり紫煙を吐き出した。
「やめてもいいぜ」
あんたが代わりをやってくれるっていうならな、声はそう続く。理解が及ばなくて俺は瞬きを返した。
「わかんねェの」
つけたばかりの火が灰皿の隅で揉み消される。
勿体ない、と見据えていたら、そのまま持ち上がった手が目の前まで迫ってきた。反射的に顎を引くと唇に冷たい感触が突きつけられる。
「口寂しいときいつでもこれで塞いでくれるのなら、今すぐにだってやめてやるよ」

また無茶苦茶なことを。
「…お前なぁ」
冗談もいい加減に、呆れてそう漏らしたら、
視界の底、じり、と膝が畳の上をいざり寄ってきた。

「おれはいつだって本気だ」
至近距離で睨むような目つきに呑まれて、ぐ、と唾を飲む。
そうだいつだって、俺はこれに流されてしまう。


睫をそっと伏せるのに、観念して顔を寄せた。
唇で探り当てる柔らかな感触。ぬたりと粘膜を合わせるとハッカの味がした。
心なしか少し甘い。
舌で歯列を割ればかちりと鳴る。どんどんのめり込んでいく口づけ。

目尻にぼんやり襖が見える。
いっそあれが開いて誰か出てきてくれたらいいのに、とそんなどうしようもないことを考えながら、俺は眉間に力を入れた。
そうでもないとこいつを突きはなす理由が見つからない、
これだって、余程質の悪い中毒だと思う。




071211