罪は戸口で待ち伏せしている


「局長、はよーす」
「はよーざまっす」

すれ違う隊士が口々に云うのに、おす、とそれぞれ挨拶を返す。
目を眇めて息を吸い込めば、日向と埃と朝餉の匂い。いつもと変わらない朝。
胸元のスカーフの位置を整えて、ポケットの携帯のディスプレイを確かめた。
七時四十五分。朝礼まではまだ余裕がある。


左手では仏飯器に盛った白米がほんのり湯気を立てている。
宿舎に続く渡り廊下の手前で立ち止まり、俺は戸を引いた。


俺の背の方から燦燦と差し込む朝陽が、畳に格子模様を作っている。
部屋の右側に作りつけられた仏壇に向き直る。
須弥壇の下に並んでいるいくつもの位牌。遺族に返してしまった分を含めると十は下らない。
下の段に仏飯器を掲げた。

これが増えるたび、自分の無力を思い知る。後戻りができないということを、疵に爪を立てるようにして憶える。

最初のひとつをここに置いた時、悔しくて三晩泣き明かした。二つ目は二晩。このごろはもう、眉をひそめれば耐えられるようになってしまった。
仕方がないだなどと云わない。麻痺したわけでもない。
今更後悔などしない。ただ彼らのことを、手に余るほど尊いものを、忘れないでいようと思う。

その分だけ俺の命が軽くなっているのは確かなのだ。
覚悟とはこうして決まっていくものなのだろう。


りん棒をつまみ輪を叩く。ちん、と澄んだ音。
合掌して俯く。





脇には小さな位牌壇がひとつ。
立てかけられている写真を手に取る。
額の中では亜麻色の髪をした彼女が微笑んでいた。

その短い生涯を想っても、どういうわけかあまり感傷はない。


あんたは総悟を殴ってやらなかった。トシを抱いてやらなかった。
彼らが導と選んだのは俺だ。

ふ、と口元が緩む。
あいつらは微笑むだけで手に入るような珠じゃない。


写真の彼女は屈託なく笑っていた。たぶんこれを撮ったのは総悟だろう。
俺にこの表情は向けない。
彼女がこちらに戸惑ったような、複雑な視線を寄越すたび、俺はいつも奇妙な恍惚を感じていた。今ならわかる。あれは確かに恍惚だった。

俺なら彼らを満たしてやることができる。
彼女からふたりをもぎ取った事が彼女の人生を狂わせたとしても、この胸はちくりともしない。迫り上がってくるのはどうしようもない、充足。




「近藤さん」
遅れちまいやすぜ、と声を掛け、障子の向こうを小柄な影が渡っていく。
半分ばかり開け放された戸の隙間から、逆光で透けたような金色がちらりと掠めた。

「おう、今行く」



それすらも甘やかな、
罪は戸口で、ずっと俺を待ちぶせている。




071030