気配を消して忍び寄る。 畳の目にそって靴下を滑らせる。そっと枕元に屈み、顔を覗き込む。 テキさんはすうすう寝息を立てている。アホ面さらしていいご身分だ。 左手に持っていたパックの切り口を半開きになった唇に添え、そっと傾ける。 さらさらと砂状の固形物が流れる音。 「んあ」 ち、気づきやがった。 土方は勢いよく跳ね起き、吹き出して激しく咽た。 あーあ、勿体無ェ。塩が。 「、な、何しやがる!」 発音もままならないような呼吸で掴みかかってきたので、説明しよう!と人差し指を立てる。 「ハイチのゾンビは塩を詰めて口を」 「おれは死体じゃねェ!」 寝起きの低血圧人間から繰り出される攻撃なんぞたかが知れている。ひょいひょいと身をかわして向こうの疲れるのを待つ。 ただでさえ整わない息が上がり切ってようやく諦めたのか、どすんと布団に座り直して煙草を探った。 自分の抱える本のカバーを見遣って更に顔を歪める。 世界の邪教大百科。 「まった悪趣味なもん読みやがって」 もっと給料はまともな使い方しやがれ。 だなどと毒吐くものだから、 「マヨネーズとニコチンに消えてる土方さんに云われたかねェでさ」 と抑揚のない声で応えた。 苛ついた仕草で火をつける。 自分も近くに胡坐をかく。 ヤニ臭いし、目つきはキツイし、寝癖がぴんと一房外に跳ねている。 ふてぶてしい態度にはかわいげの欠片もない。 まじまじと眺めていると、何見てんだ、あぁ?とメンチを切られた。 いかにも頭の悪いヤンキーなリアクションだ。自分は肩を軽く竦めて見せた。 「ったく、最悪の目覚ましだぜ…」 まだ半分ほどある煙草を灰皿でもみ消すと土方は立ち上がった。箪笥のところまで行き引き戸を開いてシャツを取り出す。 ゴムで止めた塩袋の口をつまんでぶんぶん回しながら、ちらりと目をやる。 着流しの襟がすると下りると、背中の刀疵を縫うように散る赤い斑点。 「随分お楽しみのよーで」 「ふん」 鼻であしらわれたと思えば、ほれ、と同じようにキスマークのついた脇腹を見せる。 嫌味はまったく通じてない。自分は唸るような声を出した。 「ちゃんと寝かしてあげてるんですかィ」 「馬に蹴られろ」 余裕たっぷりの横顔にふつふつと沸くこれは殺意にほど近い。 土方が独占する、情や、哀れみ、体温。指折り数えると頭が沸騰しそうになる。 何食わぬ顔でかっさらって憚らない。 こいつが隣に陣取る限り、きっとあのひとは家庭も持てないだろう。 きっと土方が近藤に魔法をかけたんだと思う。そうでなければおかしい。 近藤はあんなに女好きなのに、こんなに可愛げもない実際可愛くもない、ないないだらけの野郎を敢えて選んだりするはずがない。 その魔法が解けるなら、 自分はブードゥーだろうがカバラだろうがUFOだろうが何にだって頼るのに。 「そうだ、おい」 泳いでいた視線を戻すと、土方が振りかぶった。 「やる」 放り投げられたそれを反射的に受け取る。がしゃり、と鳴るブリキの感触。 手中を確かめるとドロップの缶だった。 「昨日張り込みしてた駄菓子屋のばぁさんが寄越した」 鏡でスカーフを調えながら、お前に似合いだろ、と喉で笑う。 子供扱いしやがって、面白くねぇ。顔には出さずに蓋を開け、ひとつぽいと口に放り込む。 放り込んだ後で思った。 例えば自分がこいつの寝首をかける機会があったとして。最後の最後で近藤の顔がよぎって、自分は多分刀を振り切ることはできないだろう。 だってあのひとを泣かせたくはない。ずっと笑っていて欲しい。それが俺の芯のところに根を張って動かないから。 これも魔法なのかもしれない。近藤が自分にかけた魔法。 がりと奥歯で飴を砕いた。わざとらしいハッカの味が広がって、軽く眉を寄せる。 そんなら解けないほうがいい。 071025 |