二人ひざを突き合わせて久しぶりに緑色の盤を囲んで上機嫌だったのに、 首をひねった拍子に近藤の制服の襟元から厭なものが覗いて、急に苦々しい気持ちになった。 「近藤さん」 ここ、歯型。首のあたりを示すと近藤は鷹揚に手を持っていき、ばつが悪そうに肩を竦めた。 「いつか食われちまいやすぜ」 骨も残らず、みんな。無表情な自分の声に、 笑えねぇよ、と、 よく響く低音がくつくつ笑った。 自分は盤面に集中するふりをして俯いて、 ともすれば歪んでしまいそうな口元に拳を当てる。 近藤はなんでも赦してしまう。あいつが本当にこのひとを食べようとしても、今みたいな顔をして赦してしまうのではないかと、想像して鼻につんとしたものが走る。 考えてもぞっとしない。 近藤はわざと空けておいた陣地に入り込み、みっつばかりひっくり返して白にした。 よっしゃ、と小さくガッツポーズを取るのをこめかみの上で撫でるように見やる。 少し黄ばんだ駒の白を眺めて、不意に連想したものに、舌を打ちたい気分になった。 骨くらい残してくれたっていいのに。 愛も欲もまなざしも時間も、このひとの気がいいのにつけこんであいつがみんな持っていってしまう。 ここに集るような、近藤を慕う人間はみんな、こんなに綺麗なひとを汚せないと、自分の無責任な感情や衝動なんかで汚しちゃいけないと思うはずなんだ。 どうやったって独占できないということに、随分前に気づいてから、自分は以前のようにみっともなく甘えることが出来なくなった。 ほんとは今すぐにでも首根っこに抱きつきたい。子供みたいに頭を撫でて欲しい。 衝動はまだ、確かに自分の中に息づいている。 プラスチックの盤を一枚だけはさんだ、その距離に苛立って、 口からは八つ当たりみたいな嫌味がもれた。 「同情ですかィ」 「そうかもなァ」 さらりとかわされて、さらに口調が尖る。 「人身御供だ」 「はは」 なんで、笑うんだ。 「あんた、ちょっとおかしいよ」 上ずってしまった声音を恨めしいと思った。 頬に血が集まって火が出そうだ。おれは喚いた。 「好き勝手しゃぶられて、みんな食いつぶされて。それであんたはいいんですか」 あいつがあんなにおかしいから。あいつがあんなに業突く張りだから。 あんたまでおかしくなっちまったんだ。 語尾が割れたのをどう思ったのか、近藤は目を細めた。 頭頂部をそっと手のひらが覆う。 「総悟は優しいな」 温かさに吐き気にも似た何かがこみ上げてきた。 目の裏を痺れが襲う前に、よしてくだせェ、と振り払う。 強がりたいのに声は少し掠れてしまっていた。 こちらに寄越す、愛おしむような視線に、訳もなく腹が立った。 駒を拾って最後の一手を打つ。 骨みたいな色。網膜の向こうでちかちか残像を結ぶ白をかき消すように、むきになってひっくり返す。 真っ黒になっていく盤面はけれど、おれを楽にはしてくれなかった。 070927 |