「近藤さん」 呼ばれて振り向くと、顔面にずいと手が突き出された。人差し指の腹に少しだけ血がにじんでいる。紙か何かで切ったような疵だ。 トシは書類に目を落としたまま、こちらを見ようともしない。 そこで初めて、ははぁ、舐めろっていうことなんだろうな、と察した。 隣で目を剥く山崎を見やって、ちょっと逡巡したけれど、頑として動かない指に降参して舌を這わせる。這わせたらずい、と半ばまでつっこまれた。 とっさのことに咽そうになって抗議の意味で睨んだけれど、トシは介せず、それどころかちょっと目を細めている。気持ちいいときの表情だ。 渋々ながら、丁寧に舌で舐ってやると、満足したのか指が唇から離れる。 俺はポケットに朝使ったやつが残っていたのを思い出して、手首を掴んで引き戻した。 「待て。ばんそこ巻いてやるから」 俺のものに比べると指なんか幾分ほっそりしている。 尻ポケットから探り当てて、包装を剥いて、苦戦しながら貼り付けるまで、手はおとなしくじっとしていた。 「はい、できた」 不恰好だけれど一応形にはなったので離してやった。 トシはありがとうも云わずに書類を揃えて、執務室から出て行く。 「…よくやりますね」 山崎がげんなりした顔でこちらを仰ぐ。 余った絆創膏を手渡すと、薬箱を棚の上から下ろし、慣れた手つきでしまった。 「甘やかしすぎるのよくないっすよ」 「そうだなぁ」 俺はちょっと頬を歪ませて笑った。 あいつがあれだけ傲岸不遜になってしまったのはかなり俺に拠るところが大きいだろう。そりゃあ出会ったときから既にかわいさのかけらもなかったけれど、それだってこんなに酷くはなかったと思う。 ごめんなさいが云えない。都合が悪くなると誰彼構わずすぐに切腹を迫る。 ぶっきらぼうで我の強いトシが隊士連中と反発するのは道場時代からしょっちゅうのことで、そのたびかばってやったのがまずかったのかもしれない。すっかり増長して今に至る。 だから俺には変な責任感や義務感のようなものがあって、どうにもこいつを突き放せないでいる。 「近藤さん、」 「んあ」 「あ、じゃねえ。起きろよ」 ゆすり起こされて、おれは目をこすって重い身体を起こした。枕もとの時計は1時を指している。寝入り端だっていうのに。 眉をへの字にする俺に構わず、トシは布団を押しのけて膝の上にのっかってきた。 「な、今日はサービスしたんだぜ」 「サービスゥ?」 いぶかしげに鸚鵡返しをした俺に、得意げに着物の前を持ち上げた。 「いちご、好きだろ」 現れたのはかわいらしい、いちごの柄のぱんつ。多分女物。履いているだけで興奮したのか収まりきれない性器が半分顔を出している。 してやったりと云わんばかりに、トシの口の端が持ち上がった。 何考えてるんだ、こいつ。俺は溜息をつきたくなってきた。 「嫌いじゃねえけどさ、それ女の子が」 履くもんじゃねえの、みなまで言わせずトシはふてぶてしく放言した。 「かわいいからいいじゃねぇか」 呆れて絶句した俺に、別の意味で絶句したと思ったのだろう、トシは不敵に笑って首筋にしがみついてきた。おめでたいというか、なんというか、もう。 俺は観念してトシの後頭部に手を添えた。 「ふ」 不器用なキス。動きはいつまでたっても拙い。 舌の根から吸い上げてやると、すぐに全身の力が抜ける。 ぐったりした身体を抱き寄せ、下着の裾から指を入れる。尻たぶをなで上げるとそれだけで甘い声が漏れる。 木綿のぱんつは力を入れたら破れてしまいそうだったから引き摺り下ろした。 枕もとの薬箱から軟膏を探り、キャップをちぎるように取る。 左の掌に思う様ぶちまけ、結び、開いて温める。中指からそろそろと粘膜を割った。 「ひゃ、あ」 トシが俺の顎の下で喘いだ。気をよくして更に奥へと指を侵入させる。ぐちぐちと立ついやらしい水音。 「…っと、奥ゥ、」 腰を突き出し、揺らして強請る。 首っ玉にがっちりしがみつかれているから必然手探りになる。前を握りこむと、悲鳴のような嬌声が上がった。 既にそこは、おもちゃみたいにがちがちに張り詰めている。 「やく、早く…ッ、」 内股を俺のモノに擦り付けるように揺らされ、少々手荒にトシの背を布団に転がした。 腰を持ち上げさせて、膝を胸に付かせる。ほぐした後腔はひくひくと戦慄いていた。 息を荒げて見上げられると、入れる前に少し意地悪をしてやろうという気分になる。 見せ付けるように反り返った一物を取り出し、びちりと、戸渡りから袋にかけて粘膜に添えてやると、虚ろな目からぼろりと涙が零れた。焦らすな、という言葉も出ないと見え、かぶりが弱弱しく振られる。 たっぷり一呼吸置いて、真上から突き刺すように切っ先を入れた。 「あ、あーッ」 割り開く粘膜のきつさに俺も思わず呻いた。 何度か腰を引きながら、時間をかけ最奥まで到達する。 膝頭ががくがくと震えたのを見て取って、すぐに律動を始めた。 「ひ、イッ、」 トシは裏返った声で快楽ばかりを訴える。 中はすぐにぐずぐずに熔けて、動きを追いかけるように絡みつくのがたまらない。 膝にひっかかる、丸まった布きれがちらついて、やたらと卑猥に思えた。 どくどくと中で蠢く脈を振り切るように抜き、勢いをつけて力任せに打ち付ける。 ずっと放っておいた性器に気づいて視線を下ろせば、とっくに達してしまっていたらしい。白濁の液を垂らしながら俺の動きに合わせて揺れる陽根が、拉げた声と相まって俺をどんどん追い込んでいく。 こいつは、俺がこいつを好きだと、それはもうぞっこんに惚れこんでいると自信たっぷりに信じている。どうしてそんなふうに思い込んでいるのやら、その自信の根拠はさっぱりわからない。 俺はえっちするなら女の子のほうがいいし、トシのことを可愛そうだとは思っても可愛いだなんて思わないのに。(だいいち大の男を捕まえてかわいいもなにもないと思う)ぱんつとか正直引くし。 でもいまさら俺が突き放したら、きっとトシは酷く取り乱して泣くだろうし、挙句にはおかしくなってしまうかもしれない。考えると胸がじくじくと苦しい、厭な気持ちになる。そんなことはあんまり想像したくない。 これは哀れみに一番近いのかもしれない。だとしたら寂しいと、ぼんやり思う。 汗ではりついていた前髪をかきあげたら、こめかみの近くに赤い疵を見つけた。 仄暗い行灯の光の下、目を凝らす。 「トシ、ここ、切れてる」 「…ほんとか」 稽古のときか、総悟に面取られたからな。嗄れた声でぼやくトシに、身体が自然に動いていた。 血がにじんだみたいになってるそこを、舌で覆い舐めあげる。 しょっぱいだけのはずなのにわずかに甘く感じられた。 「くすぐってぇよ」 トシは小さく笑って、それから恍惚として瞼を伏せた。 ちり、と頭の芯が痺れて、じわりと何かが蕩けだす。 俺はさっき、この説明のつかない衝動を同情だと云ったけれど、どうやらそれも違う気がした。もしかしたら長い時間をかけて俺もこいつに触発されて、おかしくなってしまったのかもしれない。 だって俺はいま、擦り切れたような頭で、ずっとこれを味わっていたいと思っている。 070924 |