泥濁


総悟が本隊復帰したのは葬儀の翌日だった。
本人もじっとしているよりは身体を動かした方がいいと思ったのだろう。
頭をぽんと叩いて、やれるのか、と聞いたら、あたぼうでさ、と歯を見せたので、泣きはらした目元を軽く撫でて、背中を押してやった。

かなしいことだけれど俺たちには忘れていくより他に術がないのだ。



まだ時間は掛かるだろうけれど、総悟は自分の中で決着を付けつつある。
それよりも俺には、声を上げて泣きもしないあいつのほうが気に掛かっていた。
トシとはもう何日もまともに口を聞いていない。







限界を感じた俺は、トシを人づてに呼びだした。
夜十時。戸枠が鳴る。
返事をすると、あいつは気の進まなそうな顔を覗かせた。

「来たか」
ぎしり、と床板が軋む。入り口で佇んだまま俺の方に視線を寄越さないトシを促した。

「話がある。座れ」

自分の前に敷いた座布団を指す。トシは緩慢な動作で膝をついた。
トシは変わらず不機嫌そうだったけれど、俺の様子から雰囲気が真剣なものと察すると胡座から正座に直した。

「なんだ、話って」
手短に頼むぜ、などと云うものだから、俺もむっとして、前置きなしに切り出すことにした。
あの日からずっと、ずっと云ってやりたかったこと。

「何であんな無茶をした」

睨め付ける。トシの肩がひくりと揺れた。
気持ちはわかる。冷静な判断力がなかったのもわかる。しかし組織の、仮にも副長を務める者としてあまりに考え無しだった。
あれだけ多勢の相手と闘うのにろくな武装もなしに身一つで行くだなんて、

「あれじゃ、まるで」
続く言葉は喉で苦く絡まった。


寡黙なこいつが、どれだけの想いで、どれだけの覚悟であそこに赴いたのか、
わからないではない。だからこそ怖ろしかった。

一歩間違えれば死んでいてもおかしくなかった。
運が良かったから。どうにか助けが間に合ったから。そうでもなければどうなっていたかわからないのだ。
もしも、トシがいなくなっていたら。そこまで考えが及んでおれはぞっとした。
想像すらしたことがなかった。トシがいない真選組、なによりトシがいなくなった俺の生、というものを想像することを俺の脳が拒否していた。それは例え話の中でさえあってはならないことだった。
トシの身体を焼いて葬ってすっかり忘れるために生活していく、ミツバ殿のときのように?俺にそんなことができるのか?


こめかみのあたりを襲った痛みが、耳鳴りまで連れてきた。おれは眉を顰めながら、呻った。

「死ぬ気、だったのか」

「だったらどうする」
喧嘩腰のトシの言葉に、頭のてっぺんから血が引いていくのがわかった。
畳み掛けるように噛みつくような口調で、
「おれの身体をどう使おうが俺の勝手だ、あんたには関係ないだろう」
そんなことをいうものだから、

「お前は命ごと俺のもんだ」
もうずっと前から自分の中にあった驕りが、咄嗟に口をついて出てきて
何て酷い言い草だ、と思ったけれどどうやらそれは俺の本心らしかった。

「勝手に死ぬなんて許さん」


一瞬の沈黙の後、トシは頬に朱を走らせて腕を振りかぶった。
俺の顔を張ろうとした拳を受けとめ、握りしめ、俺はくちびるを噛んだ。
目交いに迫った口元も引き結ばれている。ぎしりと、上半身どうしが膠着する。

俺は霞が掛かってしまったような、真っ赤な頭で考えた。
どうしたら。どうしたらこいつを、すっかり俺のものにしてしまえる?




胸の辺りをちりっと横切った、電流のようなものが俺を衝き動かしていた。
拳を引き、バランスを崩した体を腰ごと腕の中に抱き込む。トシの瞳が驚いたように見開かれた。
「なにを、や、」
顎を押さえ唇を重ねる。前歯が音を立てるのにもかまわず強引に中を貪った。舌をおびき出して強く吸う。頬肉までを蹂躙する。
「ふ、」
上手く息が出来なかったのか、涙目になったトシが口を大きく開いたのを見計らって、そのまま上体を重ねるように畳に押し倒した。


「やだ、近藤さん、いや、」
着物の裾を捌いて前の器官を乱暴に握り込むと、上擦った声があがった。
身体は強張って、それでも混乱しているのか俺を突きはなすこともしない。ただ怯えたように俺の名前を繰り返す。
怖ェよ、と子供のように泣きじゃくられても、劣情はどんどん駆り立てられるばかりだった。
他人に触られることに慣れていないのか、身を硬くする割には些細な刺激にも敏感に応えて背中を反らす。

後ろに指を這わせる。前の滑りだけで強引に踏み込む。
吐く息に連動してひくつくそこの感触に、俺は我慢が出来なくなって自分の前をくつろげた。身体を反転させてうしろから抱き込み、暴いたそこに性急に怒張を宛う。
「あーッ、ア、」
悲痛な叫びが長く漏れて、視界の底で血の気を失ったトシの指が着物を握りしめているのが見て取れた。
トシの内部はひどくきつかった。力任せに奥まで押し入ると、前を宥めるように擦る。そこは萎えきってはいなかった。
揺さぶると繋がったところから、ひどい水音が立つ。
「すげぇ、ほら」
トシも俺で興奮している。こんなものをくわえさせられて身体は満更でもなさそうに収斂している。言い聞かせるように耳元をはむ。
「なぁ、聞こえる」
真っ赤になった耳がひきつり、かぶりを何度も振るのが、却って俺をどんどん獣に追い込んでいく。
声音が変わったところを重点的に突くと、トシはいっそ哀れを誘うような声で鳴いた。
執拗に律動を速め、前も同じ速さで扱き上げる。全身ががくがくと震え、あっけなく達した。
「ほら、出ちまったぞ」
白濁を掌で結んだり開いたりしながら、トシの顔の前まで持っていく。粘着質の音と厭らしい匂い。
トシの顔が羞恥で歪む。涙で濡れそぼった頬を舐め上げた。

「お前は俺だけのもんだ、そうだろ」


俺は譫言みたいに繰り返して、トシが頷くまで延々と、彼の身体を貪った。






弛緩しきった身体を布団に沈めてやる。虚ろな目は長いこと宙を見つめていた。
俺はといえば汗を吸った着物をそのまま羽織る。
部屋の隅に投げられた書類の束も、硬い布団も、酒の染みだらけの畳も、目の前を塞いでいた熱が過ぎ去ってしまうと平然とした顔で変わらずそこにいた。変わってしまったのは俺か。それもなんだか違う気がした。だってこの熱は確かに俺のなかに在ったものだ。
俺の心を占めているのは後悔の類ではなかった。ただ、こうなったことは全て予定調和だったのかもしれない、という絶望的なまでの諦念だった。


行燈の灯を落とそうとすると初めて、
「あんたは、」
震える唇が掠れた声を漏らした。
「おれが、憎いのか」
「まさか」
俺は穏やかに笑う。

「愛しくて愛しくて、」
口からは言葉がするするとすべり落ちた。
こんなにも静かでこんなにも凶暴な気持ちが、俺の肚の中に巣くっていただなんて、
俺は今まで夢にも思わなかった。

「壊してやりたいほどだ」

戦いたようにわなわなと震える睫を、俺はそっと掌で覆った。
「もう休め」
掌越しにゆるゆると閉じられる瞼の感触に、俺は気が遠くなるような気持ちでいた。




こじ開けてしまったものの恐ろしさから、
今夜ばかりは目を背けていたい。