副長は煙草をふかしながらドラマの再放送に、沖田隊長は寝転がってぴいえすぴいに耽る。 思い思いに暇をつぶしているようで、さっきから二人とも、ちらちらと壁掛け時計に視線をやっている。局長の戻りが予定よりも遅いのだ。 「お代わり」 「は、はいっ」 ぶっきらぼうに命じられて慌てて急須から茶を汲み、湯呑を座卓の上に滑らせる。この二人の居座る休憩室の空気は悪く、元いた隊士たちは一人また一人といなくなってしまい、丁度茶を入れていたオレだけ取り残された形だ。 そわそわ足の指を握っていればほどなく、部屋の外からただいまー、と元気のいい声が聞こえてきて、張り詰めていた雰囲気が弛緩する。局長が襖を引いて顔をのぞかせた時には既に、もう先ほどまでのぴりぴりした空気はどこかへ行ってしまっていた。 「遅かったな」 頬杖を突く副長に、 「やー、用事はすぐ終わったんだけど。なんだかんだで立ち話ぐだぐだしちゃって」 局長は言い訳しつつ、隊長の前にドーナッツの箱を置いた。 「おみやげー。みんなで食べよう。総悟は結構甘いの好きだよな」 隊長は促されるまでもなく、ごそごそと箱を開けている。 「信女殿に持ってったんだがあいにく出張らしくてな。佐々木殿に食いきれないって言われたんで持って帰ってきた」 「なんでぇ、あの女のお下がりですか」 口を尖らせながらも手は止めず、早速フレンチクルーラーにかぶりついた。 江戸城での悶着以降、見廻組との関係は一時のそれに比べると随分と穏やかだ。 もちろん後ろ盾も違えば幕府の中での立ち位置も異なる。ある程度の牽制や距離感はあるものの、局長はもうすっかり警戒モードを解いているように見える。副長なんかは慣れ合いに渋い顔をしているが、そもそも局長はインテリタイプに弱い。伊東参謀のときもそうだったけれど、ちょっと知的なところを見せられるとすごいすごいと褒めそやし仰ぐ。気安くされれば与し易いとみられるし、純粋に持ちあげられれば悪い気もしないのかあちらの警戒も若干緩むという原理のようだ。 副長は鼻白んだように言った。 「仲良しごっこもいい加減にしとけよ。あいつらはいつだってこっちの弱みを握ろうとしてやがるんだからな。油断したら寝首かかれるぞ」 副長の気にくわない、というレーダーは本能的なもので、まず正確だ。たとえそれが単なる嫉妬から生まれているものだとしても。 局長は副長の剣呑な視線もまるで気にせずにドーナッツの箱を向ける。 「まあまあ、トシも食えよ。いっぱいあるから」 副長は甘いものを進んで食べることはないけれど局長に勧められたときに限り断らない。 少しわざとらしく溜息をついて、みたらし味のぽんデりんぐに手を伸ばした。 局長は足を大きく伸ばして、オレの差し出した湯呑から一口すする。さも面白そうに声は言った。 「反目するってことはどっか似てるってことだ。お前と佐々木殿も、総悟と信女殿も」 どこが、と顔を歪める二人に、そうさなあ、と顎鬚を擦る。それから指を鳴らして副長を差した。 「クールなようでその実情熱家。思い込んだらなりふり構わない。人に頼るのが苦手でなんでも一人で抱えちまうところ。好意の表し方が不器用なところ。でも多分ああみえてコミュニケーションに飢えてると思うな」 それから、と沖田隊長に指を向ける。 「年の割に大人びて剣の腕に長けているけれど、才能以上に努力の人。斜に構えているポーズをしてても情に厚くて義理堅く、仲間と絆を大事にする。責任感も人一倍。好奇心で動くところも似てるな」 反論したくとも言葉がないらしく、二人ともばつの悪そうな表情で目を伏せている。 「な。思い当たるだろ」 局長の洞察は鋭い。息をするように人のまとう空気を読む。 そうやっていつのまにか、人の懐にするっと入っていく。警戒心の強い人間ほどひとたまりもない。 局長は背を丸めて、二人の顔を覗きこむように眺めた。 「あのふたり見てるとな。俺になんかあってお前ら二人だけになっても、こんな風にうまくやれるだろうなと思うぜ」 それは誇るような声音だったから。 二人が絶句したのがわかった。オレは額に手を当てたい気持ちで身をこわばらせる。 局長は箱からつまんだドーナッツをしげしげ眺めている。自嘲しているようですらなかった。 「俺なんてドーナツの穴みたいなもんだな、周りがしっかりしてるから、スカスカだっていい」 誰の気持ちだっていちいち寄り添って汲もうとするくせに。 だのになぜ、一番身近な人の気持ちがわからないんだろう。 腰を上げたのは副長が一瞬ばかり先だった。荒い所作で立ち上がり、俯いたまま出口に向かう。隊長もそれに続いていく。え、と局長が声を上げた。 「ちょっとなに、何だよ。あれ、もしかして怒ってる?」 音を立てて閉まった襖に、おーい、トシー、総悟くーん、と呼びかける。怒りを隠そうともしない足音が遠ざかっていくのに、小さく肩を竦めてオレを見た。 「何怒ってんだろね。変なの」 オレはよっぽど何か言ってやりたくて、それでもいくら言葉を尽くしたって野暮になりそうで唇を舐める。それに、副長と隊長の口から伝えなければ意味のないことだとも思う。傍目から、こんなにもどかしいこともない。 だから代わりの言葉を探して喉を鳴らした。局長、と呼べば素直にこちらを向くきょとんとした顔。 「でもドーナッツは、穴が空いてなきゃドーナッツになれません」 局長は目を丸くして、おお、と頷いた。 「なるほど、そっかあ」 わかったのやらわかっていないのやら、へらっと相好を崩す。 オレは口の中だけで呟く。 あんたは、最後まであのふたりの手を離さないでいてくださいね。それがあのふたりをあんなにしちまった責任ってもんです。 オレはあまり勘のいい方じゃないけれど。 このひとがあの二人から去った時、そこから世界の終りが始まってしまうのじゃないか。 そんな恐ろしい予感を、オレはどうにもぬぐいきれない。 121016 |