ゆきはしろいりんごはあかい



書類を渡してきた山崎と雑談が盛り上がって小一時間ほど。近藤は土方を部屋に待たせていることを思い出して、ようやく話を切り上げた。

「待たせたな」
自分の部屋の戸を引いて、近藤はぎょっとした。土方が畳に大の字になっていたからだ。手の先には林檎がひとつ転がっている。

「何やってんのよ」
しばし観察した後、土方が寝ているのでも調子が悪いのでもないことを認めた近藤は呆れたような声を出した。土方は目を瞑りしれっとした表情をしている。今度は何の遊びだ、と問う。
「……た」
土方の声は低く、近藤の耳には聞き取れなかった。
「あん?」
しゃがんで顔を近づけると、土方はこうのたまった。
「毒りんご食っちまった」
「はあ?」
落ちている林檎を拾ってしげしげ見やれば、一口かじった跡がある。白雪姫ごっこか。合点が行った近藤は、やれやれと思いつつも、ひとまず話を合わせてやることにした。
「そんで?お姫様はどうするの?」
「キスしたら起きる」
「しなかったら?」
「死んだままだ」
近藤はふきだしそうになるのを堪えて、へえ、そりゃ大変だ、と相槌を打った。それから土方のすぐ横に腰を下ろした。上体を傾けて持っていた書類を机の上に放る。
雪見障子の向こうで短い冬の陽が傾き、部屋は間もなく朱に染まった。座り込んだ近藤の影が長く後ろに延びている。
少し待たせたぐらいで拗ねるなんて大人気ない。近藤の頭にこのまま死んだままにさせてやろうかと意地悪心がかすめたが、思い直した。土方もああ言ったからには引っ込みがつかなくなっているのだろう。
手を伸ばし、そっと二本の指で触れてやると、土方が、指だろ、と唸った。
「騙されねえぞ」
「ばれたか」
近藤は、ははは、と笑う。数え切れないほど重ねた感触を、土方が間違うはずもなかった。

畳に転がったままの土方の横顔を見つめて、近藤はもう擦り切れてしまうほど昔のことを思い出した。
まだお互いの髪が長かったころ、酔った弾みでふざけて近藤から口付けた。気持ち悪い、と拳固でも返ってくるかと身構えたけれど反撃は訪れず、ただ真っ赤になった土方の表情を、近藤はよく覚えていた。

手のひらの中の林檎を握れば、肌でじわりと温くなっていく。
あれはもしかして呪いではなかったか。
本人が望むと望まないとに関わらず、土方から平穏を、安寧を、冷静と理性を取り上げ、血腥い後戻りのできないほうへと、どこまでも道連れにする呪い。腕を引いた先が泥沼じゃない保障なんかどこにもない。

最後の意地のように紅く輝く太陽に目を眇めて、近藤はぼんやりと考える。
白雪姫はどうなるんだっけ。
大概の御伽噺は、お姫様は王子様と末長く幸せに暮らしました。めでたしめでたし、で終わる。
ぜんたい自分たちの現実とはかけ離れている。今日明日死ぬかわからない修羅の道で、お互いの喉元を齧りあっているのだから。
そもそも自分が土方にそんなに上等なものを与えようとしたのかと自答して近藤は可笑しくなった。自分が土方の幸せを願ったことがあっただろうか、本当に?

「ふふ、」
だから呪いなんか解いてやらない。近藤は低く笑う。
すっかり温まってしまった林檎を一口かじった。甘味よりも酸味が勝っていて、近藤は、酸っぺえ、と漏らした。

死んでいるはずの土方が身じろぎをする。もうじき痺れを切らして自分からキスをしかけてくるだろうと近藤は踏んだ。そして彼の予想はおよそ外れない。



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