ばれんたいん始末記



二月十四日、真選組屯所の空気は異様なものだった。
殆どの隊士は女っ気がないとはいえ若干の期待に浮足立ち、そうでなければ世を拗ね僻みピリピリしている。少数の彼女持ちは迂闊なことを言うと絡まれるのがわかっているため大人しくしているものの、盛んにメールチェックをしたりと落ち着かない。

「帰ったぞ」
直属の上司の声を聞きつけ、山崎は早足で玄関に向かった。
「おかえりなさい、」
目が合うなり土方が振りかぶってきたので構えると、山崎の手元に紙袋が落ちてきた。覗きこめば中には二つ、ラッピングされた包みが入っている。
「大体はいらねえって断ってるんだけどな。たまに叩きつけるみたいにして押しつけてくるバカがいて」
「はぁ……」
「異物が入ってたら気持ち悪ィから、処分しとけ」
異物といっても、入っているのはアドレスや連絡先を書いたメッセージカードだ。よっぽどあんたの作ったチョコレートのほうが異物混入してるよ、と思いつつ、山崎は無言で懐にしまった。それから手ぶらの沖田を振り返り尋ねる。
「沖田隊長のは?」
「鯉のエサなら池に放ってやったぜ」
きっと女の子本人の前でしたに違いない。沖田の清々しいまでの鬼畜っぷりにはいっそ頭が下がる思いだった。
このパフォーマンスも手伝って、年々彼らにチョコレートを渡そうとする猛者は減少傾向にある。とはいえ自分の釣果と比べてしまい、山崎はため息をひとつ吐いた。どいつもこいつも悪趣味だ。

「おい、例のブツは用意しといただろうな」
「あ、はい。例年通りふた箱作っておきました」
山崎は先立つと二人を納戸に案内し、隠しておいた段ボールを示した。中にはラッピングされた色とりどりのチョコレートが無造作に放り込まれている。いくつかの製菓会社から取り寄せ、シャッフルして詰め込んだのは山崎だ。このバレンタインに合わせた指示も毎年恒例だった
両手いっぱいほどもある大きさのそれを抱えると、沖田と土方は視線だけを合わせて笑う。山崎は背筋を走った怖気に思わず自分の身体を抱いた。


談話室では近藤が炬燵に入って背中を丸めている。半日ぶらぶらともの欲しげに市中を歩き回り、さきほど諦めて帰ってきたばかりだった。
沖田と土方の二人はどかどかと足音を立てて入ってくるなり、
「あー重い重い、参ったぜ」
どすんどすん、と近藤を包囲するように段ボールを置いた。それから近くに腰を下ろし、近藤に中身を見せびらかすように箱を傾ける。
「困っちまうぜ、こんなに食えねえのに」
「いらねえって言ってもおしつけてくるんですから、迷惑極まりないですよねェ」
沖田はそう言いながらチョコレートで近藤の頬をぺちぺちとはたく。
「よ、よかったなっ、二人とも、モテモテでいいねっ」
近藤の声は半泣きだった。部屋に居合わせた隊士もいたたまれずに目をそらす。
「ホラ、だからな。アンタの良さがわからねえような女どもなんか相手にするなよ。その点おれは違うぜ」
そう言いながら土方は、懐から大きなハート型の包みを出した。
「特製マヨネーズチョコレートだ、心して食えよ!今年は五十パーセントの含有に成功したんだ」
「俺からもほんのこころづけでさぁ」
沖田は沖田で粒状のチョコレート菓子を畳に捲く。
「這いつくばって食べてくだせえ。ただし手は使わず」
涙目になった近藤は、堅く唇を引き結ぶ。今彼に発することが許されているのは一語しかなかった。彼は力なくつぶやいた。
「ありがとう……」

山崎は助け船も出さず、そっと開けはなしてあった戸を閉めた。自分にできることは何もないと思ったし、果たしてそれは正しかった。



「見て見て!わー!見て見てぇ!」
翌日、スキップしながら屯所の門を潜った近藤は声を張り上げた。
ブーツをいい加減に脱ぐなり興奮気味に掲げ、見せびらかすのはペパーミントグリーンの包みだった。何事かと三々五々寄ってきた隊士たちがどよめく。
「昨日渡せなくってごめんなさいって、いつもお仕事お疲れ様ですって!ロングヘアの清楚系の美人さんだったー!」
騒ぎを聞いて場に駆け付けた土方の顔色は変っていた。沖田も神妙な表情だ。
「顔見知りだったんですか?」
斎藤がおどおどと口火を切る。んーん、と近藤は首を振った。
「局長、言いたかねえがそれは罠だ」
近藤の肩を叩くと、溜息混じりに原田が首を振る。
「そうですよ、胡散臭すぎます」
「テロリストの可能性だってあるんだぜ」
隊長格に口々に言い募られて近藤が怯んだ隙に、
「いいから貸せ」
土方が近藤の手から包みをさっと取り上げた。
「爆発物処理班に回せ!」
「えーっ、まさか!」
反論も待たず、土方の口調は有無を言わさないものだった。
「その女の人相も教えろ。身柄を確認しておく」
「そんな……えー、俺のチョコー!」

肩を落とす近藤を玄関先に残し、沖田と土方は電算室へ足早に移動した。
コンピュータに近藤から聞き出した特徴等を入力し、過去のテロリストやその関係者筋と一致する人物を探る。問題の包みは招集した爆発物処理班に任せてある。また街には別部隊に聞き込みに行かせた。
「副長、」
隊士が操作盤から顔をあげ、モニタを示して言った。
「一致しそうな容疑者は三名おりますが、どれも今江戸市中にいなかったり、身柄が押さえられてます」
「そうか」
一刻も早く身元を割り出し、手配する必要がある。堅気の女だったらなおさら厄介だ。
ぶつぶつと呟く土方の脇で、沖田も腕を組んで頷いている。
「ふ、副長、大変です!」
やおら部屋に飛び込んできたのは、防護ヘルメットをかぶったままの処理班の隊士だった。
「な、中身爆発物じゃありませんでした!」
「なんだって?」
部屋が一様にざわめく。
「盗聴器の類も未検出、それどころかラブレターじみたカードが、」
土方は差し出された封筒を一目見るとひったくるようにして奪い、、中身も読まずに握りつぶした。紙屑になったそれが床に落ちるまでの一瞬で、沖田の白刃が閃く。紙吹雪のようになったそれに、一同はごくりと唾を呑む。
部屋にはしばらくコンピュータの処理音だけが低く響いた。

遠慮がちなノックの音に続き、近藤がドアからひょっこり顔をのぞかせる。
「トシ、総悟ぉ、どうだった?何でもないだろ?チョコ返してよー」
土方は気を取り直したように、しれっとして言った。
「いいや、やっぱり爆弾だったぜ」
「ええ!まじで!ショック……!」
近藤が悲鳴じみた声を上げている間に、足元に落ちた紙切れを沖田が机の下に蹴散らす。
「全く近藤さんには危機感ってもんが足りねえや」
「ぶ、無事解体できましたっ」
処理班の隊士が敬礼するに至って、近藤の肩がこれ以上ないぐらいに落ちる。
「女なんかみんなそんなもんだ。ここで爆発したらどうするつもりだったんだ?警戒心がないと困るぜ」
「近藤さんの純粋な男心につけ込むなんざ、人間の風上にも置けませんよねえ」
「うん……すまん……」
二人に挟まれる近藤に良心が痛むものもいたが、長いものには巻かれるしかないのだと、真選組隊士たるもの皆心得ている。


120217