意識が引き戻されて閃く。 頬を覆うのは静謐な冬の空気。俺は何度も瞬いた。視線を足元に伸ばせば、障子がぼんやりと明るい。まだ夜は明けきっていないらしい。裸の肩が冷えているのがわかって、蒲団をかけなおす。 ついと腕をシーツに滑らせるけれど、その先に体温はなかった。行き着いた畳の冷たさを確かめると、俺は腕を自分の脇まで戻した。 見ていたのは夢だったのだろう。けれどどこから現なのか判然としない、奇妙な現実味がずっと俺を捉えている。 どれぐらいそうして天井を眺めていただろうか、ぱたぱたと廊下を渡ってくる足音が聞こえた。 そちらに首を向ける間もなく、断りもせず襖が開き、 「おー、寒ぃ寒ぃ」 入ってきたのはトシだった。ぶつくさひとりごちると、畳を鳴らしてこちらへまっすぐ駆けてくる。 冷たい外気と共に冷えた着物の感触、洗っても取れない煙草の匂い、それから俺のそれよりも少し低い体温が布団の中に一気にもぐりこんできて、俺の体に寄り添う。つるりとした脛が俺の膝に乗り上げる。 「すまん、起こしたか?」 ようやく俺の目が開いていることに気づいたのか、トシがそう尋ねてきた。 「いいや」 喉からはまだ寝ぼけたような声が出た。トシはぽんぽんと俺の胸板を撫でる。 「まだ早えよ、二度寝出来るぞ」 くっついたトシの肌の冷たさの下からじんわりと、脈と温さが伝わってきて、そうすると同じものが自分にもあるのだとわかる。安堵とも感嘆ともつかない、思いのほか深いため息が出た。 「夢を見てたよ」 語尾は掠れてしまった。 「どんな夢だった」 トシの声は低く優しい。問われて俺は目を眇めた。 「さあ、」 茫洋としていて思い出せない。怖い夢でも悲しい夢でもない。醒めた後でほっとできるぶん、そのほうがいくらかましだ。 トシは俺の袷を指でいじりながら、可笑しそうに聞く。 「その夢におれはいたか」 その質問ははからずも核心を突いている。ぐ、と喉が鳴った。俺は白状した。 「いや、」 知っている者は誰もいなかった。俺が覚えているものも、俺のことを覚えているものも、誰一人いなかった。 ああ俺は一人きりだと思って、そして一人きりであることに疑問すら持たなかった。 けれど考えてみればいつだって俺は独りだった。いくら仲間に囲まれても、俺がいくらみんなのことを好きでいても、信頼と呼んでいいだけの絆を覚えても。それでいて浮き足立つような、ここが自分の居場所じゃないような、そんな心許なさがいつも俺を捉えていた。 さっきだって、目が覚めたときに隣にトシがいなかったのに、それを俺は寂しいとも思わなかった。ああそういうものか、と納得して、 納得してしまった自分をただ、寂しいと思った。 「なんだ、おれはいなかったのか」 トシは不服そうに鼻を鳴らした。 「おれの夢にあんたがいないときなんかないのに」 夢まで追いかけていければな、と呟いて、トシは顔を俺の胸板に伏せた。 俺が知る限り、この世で最も愚かな生き物。 「なあ、トシ」 俺は天井を眺めたまま、少しだけ首をトシのほうに傾けて訊いた。 「トシは、俺がいないと駄目か」 小さく息を呑む音。 「ああ、」 搾り出すように声が言う。 「あんたがいねえと駄目だ、てんでどうにもならねえ。あんたがいなけりゃ息だって出来ない」 「そいつは困るなぁ」 ふふ、と俺が笑ったのに、トシは焦れたように頬を肩に擦り付ける。 「ほんとに、あんたに出会うまで自分がどうやって息をしていたかも思い出せねえよ。一秒だってもたねえ。あんたがいねえと駄目だ、」 トシの乞うような声が身体の隅々まで染み渡って、頭の芯までじんと痺れたようになる。 「いくらだって言う、惜しみなんかしねえ」 何度も言えばまじないになる。きっと消えない紙縒りになる。そうして俺を繋いで、雁字搦めにしてほしい。 あんなに寂寞な場所から俺を呼び戻してくれるのはお前だ。いつだってお前が莫迦みたいに俺のことを呼んでくれるから、ここに帰ってこれるんだ。 面映くなってトシの髪をぐしゃりと撫でる。 「なんだよ、」 口ぶりとは裏腹に声音は甘い。 「んーん、」 俺は布団をかけなおして、もう少し寝よう、と囁いた。 今度はきっと、もうあんな寂しい夢は見ない。 うわ言みたいなトシの声。 「あんたと、心臓が繋がっていたらいいのに」 そう、みんなお前の言うとおりになって、離れず居られたらどれだけいいだろう? 120117 |