あなたにとどけ恋のあじ



「トシ、トシィ!俺が悪かった、勘弁してくれえ」

食堂の台所の扉にすがり付いている局長を、冷めた目で見つめる。
先ほどからドアを叩きながら謝ったり宥めたりすかしたりを繰り返しているけれど、バリケードが内側から張られているらしくびくともする様子がない。
調理室から追い出された食堂のおばちゃんたちは顔を見合せて、肩をすくめて給茶機のある談話室へと移動していった。



そもそもことの起こりからして同情に値しない。

局長が巡回中に迷子を送り届けた先の家で、十五六の娘さんがお礼にと焼いたばかりの菓子をくれたらしい。
若い女の子に貰ったというので頭のネジが三本ばかりふっとんだらしく、屯所にスキップしながら戻ってきてから誰彼構わず自慢して回って、仕舞いには副長に『トシも食べる?ピチピチギャルの手作りだよ!おいしいよ!あーん』とやらかしやがったのだ。
一瞬にして周りの空気は氷河期になった。ピチピチギャルって。
ブチ切れた副長が一瞬で菓子を粉砕し、それから調理室に籠城と相成ったわけだ。


あれはどこからどう考えても局長が悪い。ほんとにアホかと思う。
なんであんなに付き合いが長いのに未だに地雷をずんずん踏んでいくのかオレには全くわからない。

「山崎たちも手伝ってよおお」
涙目で振り向かれて、オレは一笑に付した。
「いやあんたの自業自得でしょう……」
どうせ局長が全部食わされることになるんだから。そう言い添えれば、局長は恨みがましく睨んでくる。
「俺が途中で気絶したら残り食べさせられるのお前らだから!」
ぎくりと肩が強張る。確かに局長リタイア後の始末が押しつけられることは十分に考えられる。

永倉隊長と顔を見合わせ、三人でべったりとドアに耳を押し当てた。中からはぶつぶつと副長の独り言が聞こえる。
『あと、バニラエッセンス?あれ、苦いだけで味しねーぞ』
当たり前だ、アレは味を付けるものじゃない。つっこみを入れるより副長のかぶせボケの方が先だった。
『まあひとびん入れときゃいいか』

ギャア、と声のない悲鳴が漏れる。
『あとはマヨネーズだな。業務用のやつ三本ぐらいあれば足りるか…』

「三本って!致死量です!」
副長の場合愛情とマヨネーズの量が比例するから恐ろしい。
「南無阿弥陀仏」
念仏を唱え始めた永倉隊長の額には脂汗が浮かんでいる。

『ええと、そんで生地を伸ばして…オーブンに入れる、と』
間もなくものすごい異臭がドアのこちらまで漂ってきた。てゆうかマヨネーズの油分を考えて爆発してしまうのじゃないかと気が気じゃない。
『あれ?おっかしいな…燃えてる?』

「やばっ」
「ちょ、シャレんなんないですよこれは!」
オレは局長の肩を揺する。案の定間もなく、どん、と腰に響くような重低音が聞こえた。


「ト、トシ!」
局長が慌ててドアを蹴破れば、オーブン前でしりもちをついた副長がげほげほとむせていた。
オレは急いで廊下から消化器を持ってきて、炎に向かってノズルを向けた。オーブンの扉はひしゃげてひどいことになっていて、あわてて飛んできた食堂のおばちゃんがまーまー何なのこれは等と口々に騒ぐ。

そして部屋に充満する刺激臭。マヨネーズ由来なのはわかるけれどバニラエッセンスや砂糖と混ざってものすごい臭いだ。
こんなものを食わされそうになってたのか、おっそろしい。

「このオーブン、不良品だな。ヤワすぎる」
げほ、と咳払いをすると副長は煤けた自分の頬を拭う。全く堪えている様子がない。
「う、うん、わかったわかった」
局長は頬を思いきりひきつらせながら副長の肩に両手をかける。
「オーブン買ってくる」
「ちょ、待ってトシ、待って!」
縋るように副長のエプロンの裾をつかむと、小首をかしげた。
「俺、トシの作ったカレーが食べたいな!」
「……」
訝しげに眉を寄せる副長に、ダメ押しとばかりに直角に頭を下げた。
「どーしてもっ!お願い!」
「しっかたねーな、そこまで言うなら……」



一時間半後。暫くミントンに興じたのち戻ってきて見れば、食堂はカレーの香りが充満していた。
飯時じゃないのでほぼガラガラ、見回せば端のほうで局長が座っていて、副長が傍に控えている。

局長の前にはカレーの乗った皿。ぱくぱくと口に運んでいるところを見るに、あまり苦痛じゃないらしい。
局長はオレに気づくと微笑みかけ、
「山崎も味見する?」
と勧めてくる。副長が睨みを利かせてくるので無碍に断ることもできず、手招かれるままに席に近寄った。
「じ、じゃあちょっとだけ」
おそるおそる局長の皿から指ですくって、舌先でちょいと触れた。
「あ、これはまあ」
と頷く。多少マヨネーズの風味はするけれどもカレーのおかげでだいぶ中和されている。
「な、食べれなくもねーだろ」
カレーの包容力すげえ。
局長がオレの耳元で囁くには、おそろいのエプロンと「一緒に料理しよう、新婚さんみたいじゃね?」という彼にしてはツボを心得た甘言で釣ったとのことだった。

傍らではドヤ顔の副長がおたまを握りながら腕を組んでいる。
「いくらでもお代わりしていいかんな」
副長の声は彼にしては穏やかだ。まあ、気が済んだのならよかったのかな。これで明日いっぱいぐらいは上機嫌になるだろうから、そこは局長に素直に感謝しておこう。






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