「お前が一番大事だぜ?」 云われて、ぽんぽんと頭頂部を叩かれて。 体温が一度は上がったと思った。 なんでもない文脈。なんでもない調子で云ったつもりらしいけれど、俺には致命傷もいいとこだった。 このひとはこういうことを照れもなくいってのけるものだから厭になる。 口を開くけれど声が出てこない。舌がちっちっと鳴るだけだった。 なんだ、これ。 思春期のガキでもあるまいに、この有様はなんだ。 ぞくぞくと耳元まで駆け抜ける痺れに肩を震わせて、俺は一箇所に血が集まっていくのを呆然と感じた。 「どした、トシ?」 頭に手を置いたままだった近藤さんが、訝しげに肩を竦める。 「…んでも、ね」 隊服の黒に意識を逃そうとする。今は勤務中だ。真っ昼間の屯所は隊士のざわめきがあちこちから聞こえる。 視線を泳がしていると、いきなり平らかなものが股間を撫でた。 「おー、元気だな」 云いながら太股を押しつけてくる。サージが触れあって衣音が立つ。 「ば、アンタが、変な事云うから…!」 ひゅ、と喉から空気が漏れる。反論する余地も与えず、腕が真横に引っ張られた。 すぐそこの参謀室に肩ごと押し込まれる。 扉が閉じるか閉じないかのうちに背中が覆い被さってきた。 掠めるようなキス。すぐに舌が歯列を割る。顎が浮いて付け根がかくかくする。 どんな女相手にだってこんなに不器用なキスなんて返さないのに。この人相手だと動きをトレースするので精一杯になってしまう。唾液を呑み込む事に腐心していると、唇の端をなぞって漸く体温は離れた。 このまま身体を離されたくなくて、力の抜けた指で袖口を思い切り引っ張った。 「…たい、」 「ん?」 「したい…」 欲の籠もった眼で睨み付けると、近藤さんは目元を赤くして笑った。 「しっかたねぇなぁ、トシは」 俺はそのまま見つめ合っていられる自信が無くて、胸元に顔を埋めた。 「…ちょっとくらいフケても、わかんねえよな」 近藤さんは俺を胸に押しつけたまま後ろ手に参謀室の鍵をかけた。薄暗い部屋が密室になる。 俺は辛うじて働く頭の隅っこで計算した。今は大体の隊士は巡回に出ているし、急な来客でもない限り俺達が捜されることはないはずだ。ああでも、昼時原田が後で俺に用事があるとか云っていた、ような。そうこう考えてるうちに近藤さんの手が俺の服をはだけにかかってきた。外気にさらされたところから薄く鳥肌が立っていく。ああ、もういい。どうせすぐにごちゃごちゃになって何も考えられなくなるんだからいい。 胸の痼りを弄られ、首筋に噛みつかれる。近藤さんの耳の後ろで息を吐く。吸い込んだ椿油の匂いにあてられて、くらくらしてきた。 「近藤、さん」 上着の背中を引っ張ると、面をあげてくれた。 「何だ」 舐めたい。 そう云ったら無言で頷いた。眉間に皺が寄ってる。欲情してるときの顔だ。俺は堪らず近藤さんの前に跪いた。 はやる気持ちを抑えベルトを解いて前をくつろげる。モノはもう堅くなっていて、勢いよく布地を押し上げていた。 先から取り込むように口に含む。口いっぱいに広がる男臭い味に否応なく興奮する。 舌の奥の方で亀頭を包むように擦ると、筋がひきつるのがわかる。気持ちよくなってくれているのだと思うと嬉しい。銜えて何度も扱き上げる。根本を押さえた親指のほうまで唾液がつたっていく。 後頭部を軽く掴んだ近藤さんの手に、ぎしりと力が入る。喉の奥に雁の部分がごつごつと当たるのに、生理的な涙がぽたぽたたれた。 「も、いいぞ、トシ、出ちまう」 寸でのところで引き抜かれて、俺は不服そうに見上げた。出したって構わなかったのに。 軽く噎せていると、肩を掴まれた。よろけながらも立ち上がる。 下半身に近藤さんの手が伸びて、壁に付いた背中が電気を流したみたいにしなった。 「びしょびしょだぞ」 からかうようにではなく、驚いたような口調で言われて頬に血が上る。 下着の中は酷い有様になってる。見なくても判る。厚い掌が俺自身を握り込む。俺は漏れそうになる声をかみ殺した。 前の滑りを掬って後ろを撫でる指に、全部の神経がそこに集まったみたいになる。膝ががくがくしてきて、重くなった腰を支えきれない。 指が動かしづらいのか片方の膝を軽く抱えられて、もう片方の膝は簡単に崩れた。 胸板と壁に挟まれて、ずるずると座り込む。 指が追いかけてきて、後ろを無造作に拓く。そのちっとも繊細じゃない動きに追いつめられる。ほんとに俺は馬鹿みたいだ。このひとのものならなんだって気持ちいい。 両腿を抱えられて、熱いものが散々解されたところに触れる。 はやく。はやく貫いてくれないとおかしくなってしまう。 次に襲う衝撃を想像するだけで身体がどうにかなりそうだ。 ぎち、と入り口が鳴って、熱がいっぺんに隧道を割り裂く。 「う、うッ…」 途端、スパークしたみたいになって、瞼の裏が弾けた。 ちょっとの間意識が飛んでしまったみたいになった。重い瞬きをすると、睫のすぐ先に心配そうな近藤さんの眸があった。 「ぁ…」 「イっちまった、のか?」 臍の辺りに垂れた暖かい感触が物語っている。恥ずかしくて目が合わせられない。内股が小刻みに引きつって、俺は力の入らない膝を震わせた。 「もちょっと、つき合え、な」 腹に響くような苦笑いをして、それから緩やかに律動を始めた。 穿たれる。容赦のない烈しさで揺さぶられる。 「…んどぉ、さん、こんど、さん…ッ」 熱さと堅さを内壁で貪る。熱に浮かされたみたいに名前を呼ぶと、啄むみたいなキスが降ってくる。 近藤さんとのセックスは俺にとってほんとに、宝物みたいに大事なんだ。このひととするとき俺は中学生みたいに堪え性がない。でも仕方ない。肌に貼り付く髪も体臭も、このひとの体重で軋む自分の肩胛骨さえ愛しい。 下の方からどくり、どくりと昇ってくる脈が俺の中で弾けるのを想像したらたまらなくなって、俺は近藤さんより少し早く、二度目の欲望を吐き出した。 「あ、副長ー、どこ行ってたんすか」 隊士が雑談をする食堂ののれんをくぐると、山崎が暢気な顔で振り向いた。 いつもなら締まりが悪いとゲンコのひとつやふたつくれているところだが、今はそんな気にもならなかった。気を抜くと緩みそうな口元に力を入れる。 「麻布のほうに行く用事があったんで買ってきましたよ、水屋のところてん」 差し出された小さな風呂敷包みに相好を崩す。 「おー、気が利くじゃねぇか」 「土方さん好きだったでしょう」 上機嫌で手近の椅子を引き、中身をプラスチックのカップに開ける。付属のパックから合わせ酢をかけたところで山崎に掌を上に向けて腕を伸ばす。山崎はさっとマヨネーズを手渡してきた。おう、判ってるじゃねぇか。 「うわ、水と油が分離してる…」 バカヤロー、こっちのほうが味に深みが増すんだ。わかんねぇやつだな。 隊士の咎めるような目線にも関わらず口に運ぶ。うん、やっぱりここの店のは美味い。 「お、ところてんですかィ」 ひょいと顔を覗かせた総悟が俺の手元を見て口笛を吹いた。 「てめーのぶんはねぇぞ」 「あ、すみません沖田隊長…」 青ざめる山崎に関せず、総悟は俺と俺の器を交互に眺めた。 「共食いしてやがらぁ」 何のことだ? 笑ったような語尾を不審に思って、ちょっと意味を考えてから俺は盛大に吹き出した。 「お、お、お、」 「ど、どうしました副長?」 「お前覗いてやがったなァァ?!」 俺の叫びが天井に響く頃には、総悟の姿はもう廊下からも消えていた。 |