力なく投げ出された体に薄く乗った汗を、乾いた手ぬぐいで拭く。下半身は懐紙で始末して、くるぶしまで来ると手すさびに足の指を柔らかく摘んだ。 改めて息を吸いこめば、部屋にこもった、酒と汗と湿った青臭いにおいに気づいて苦笑する。 畳にひっくりかえったままだった猪口は起こして、酒瓶と一緒に少し離れた文机の上に避難させた。 「、んたは、」 声がしたので布団の方を振り返ればトシは、げほ、と咳をした。 「ん」 やむのを待って続きを促せば、長く息を吐きだしたあと、低い声が訴える。 「都合が悪くなると、すぐセックスで誤魔化す」 ひどい言い草だ、と思ったけれど、こいつを納得させられるような手持ちもなかったので俺は何も応えなかった。 ぐ、とトシが喉で唸った。緩慢に持ち上げられた腕が、交差し顔を蔽い隠す。 「ほらもうおれは、」 掌の下でくぐもった声が、悔しそうにわだかまった。 「さっきなんであんたに怒っていたのかすら、忘れちまってる」 酒を酌み交わしているうちにつっかかってきて、癇癪をおこしたこいつを宥めているうち、もつれ合って行為に至った。 トシがつっかかってきた原因は俺もよく覚えてはいない。くだらない、取るに足らない焼餅か、俺のなにかの言葉尻が気に障ったか、せいぜいそれに準ずる類のものだ。 だってこいつの訴えはみんな同じだ。愛してほしい、ということだ。だから俺はその場しのぎの言葉よりもセックスを選んだ。 俺は顔を覆っているトシの手を取った。トシは横たわったまま俺をゆっくり仰ぐ。握った手首は骨ばって俺のものより一回りも細い。肌の下でどくどくと脈が鳴る。 「伝わらねえか」 トシは応とも否とも言わず、目をゆっくり細めた。唇が何かを紡ごうとしたのか少し開いて、また閉じた。閉じた唇の下で、かちりと歯が鳴る。 訪れた沈黙を待って、俺は穏やかに問いかけた。 「お前が欲しがったもので、俺がやらないものが何かあったか」 トシの口が真一文字に結ばれる。 「誇りだって、誠だって、それこそ命だって俺は、」 「ちがう、そうじゃない」 尖ったトシの声が俺を遮った。がばと跳ね起き、喉笛に噛みつかんばかりに顔を寄せてくる。胸板が拳で、どん、と叩かれた。 「だって、あんた、命が一番大事じゃないだろう」 悲しいけもののようにぎらつく瞳を、じっと覗けばゆるりと揺れた。すまん、と唇が震える。 「何が欲しいのか、自分でも、よくわからねえ」 探るように、たどたどしく言葉を選んでいく。 「なんでもやるって、あんたがいうから、手当たりしだいに欲しがって、全部貰っても、それでも飽き足らないんだ」 でも、と声が詰まった。目交いで睫毛が戦慄く。 「なんでおれだけこんなに苦しいんだ、あんたは苦しくないんだ、狡い、」 俺はトシのうなじを掴んで胸に抱いた。鎖骨に濡れた鼻先が押し付けられる。苦しい、と喘ぐこいつを、離さないでいることだけが俺の苦しみだ。 急いていたトシの鼓動が、だんだんと同じぐらいの速さに戻っていく。トシはずるりと体重をこちらによこして、俺の胸に突っ伏したまま呟いた。 「抱いてくれ、」 返事をせずにいれば、鼻が、すん、と鳴った。俺の袷をきりと握りしめる拳のかたい感触。 「抱いてもらってるときは極楽にいるんだ、なにも考えないで済む、」 俺は、そうか、とだけ返事をした。断る理由もない。そっと押し倒すようにトシの身体を横たえる。 頤を浮かして喉をさらした、トシは、ふ、と息をついた。ゆっくり伏せた睫毛の影が頬に落ちて、俺はそこに口づけるために顔を寄せた。 なあ、俺はお前をごまかすために抱いているんじゃねえよ。 でも、あいしてる、とか、そんなわかりきった言葉を、何度繰り返したってお前は足りないだろう? 思考を奪って、未来も過去とも切り離して、情と熱とだけで、求め合うののどこがいけない。 言葉なんて不確かなものを取っ払ってしまえば、きっと俺たちはもっと簡単に繋がることができるのに。 111104 |