納涼小話'11



屯所裏の駐車場に十時集合。
夜勤のない奴らを中心に三十人弱が集まった。こっち側は住宅街なので静かで街灯も少ない。

メンツが大体揃ったのを見計らって、永倉隊長がメガホンを取る。
「イエーイ!チキチキ!」
「真選組!納涼肝試し大会ー!」
オー、とみんなが声を合わせた。

「だだだだれだこんなふざけたイイイイイイベント考えたやつは」
オレの隣ではガチガチ歯を鳴らしながら副長が唸っている。
こわい!こわい!と吠えながらもイベントごと大好きな局長は当然参加で、トシも来て!と誘われて断り切れずに来たらしい。
なんだか気の毒になって声をかけたけれど、
「今からでもリタイアできますよ」
「ば、ばか、敵前逃亡は士道不覚悟だろ!バカにすんな」
思い切り脳天をどつかれて、同情なんかするんじゃなかったと後悔した。

「それじゃまずペアを作りまーす」
斉藤隊長が割り箸で作った簡易くじを差し出し、皆群がって一本ずつ引く。
「俺Aだ。Aのひとだれー?」
局長が声をあげると、オレの斜め前にいた新人の隊士が遠慮がちに手を上げる。
「あ、自分・・・…」
「オイ、」
すかさず新人の真後ろに移動していた副長が、肩をがしりと掴んだ。
「オレのと代えるよな?」
地を這うような声で言われて、可哀想に彼に選択肢なぞ残されているわけもない。
「ハ、ハイ」
ズルとかそういう問題じゃない。ひっでえ。
まんまとAの割り箸を手にした副長は、悠々と局長のほうへ寄って行った。

「二人組できましたかー?」
「それじゃコースの説明しますけどね」
稲山さんが歩み出ると、二人の隊士が横で模造紙を広げる。
コースはほぼ一本道。
屯所を出たら左手に一ブロック歩く。突き当りの石垣に沿って坂道を登って、鳥居を潜って石段を上り、神社の境内を通り抜ける。さらに竹林の奥の社に蝋燭を置いて 裏手の坂を下りて帰るという、大人の足だと徒歩にして二十分程度の道のりだ。

「それでは、スタートの前に、私から一つ、お話をしたいと思います」
真選組いちの怪談の語り手、稲山さんが咳払いをすると、皆ごくりと固唾を飲む。

「十数年前、このあたりに仲のいい夫婦がいたそうです。けれどあるとき妻のほうが、事故で熱湯をかぶってしまい、顔に火傷を負ってしまう。ひどく爛れてしまったと。それで男のほうは心変わりをしてしまうんですね。男は新しい女を作りその女を一方的に離縁した。女は家を追い出され、子供とも引き離されて路頭に迷った。女は男を恨み、狂い、そうして死場所に選んだのがあの、」
たっぷり間を置いてから、稲山さんはぼそりと囁くみたいに言った。
「竹林なんです」

局長が原田隊長と抱き合って野太い悲鳴を上げる。副長に至っては顔色が真っ青を通り越して真っ白になっている。


「怖いですね。それじゃあと二十分後にスタートです」
オバケ役を命じられていたオレは稲山さんの近くに寄って、衣装などを受け取りがてらこっそり聞いた。
「あれほんとですか?」
「いや、ウソです。そんなに都合のいい話そうそうないですよ。第一そんな事件があったとしてどこでディテールまで詳しく聞いてきたのかって話で」
「あ、そうすか」
あっさりネタバレされて、拍子抜けして肩を竦める。稲山さんは自分の顎を摩った。
「去年隣町に抜けるほうのトンネルで事故があったみたいですけどね。そっちは怪談にするにはいまいち弄りづらかったので」
ははぁ。ネタの仕込にもいろいろ苦労があるものだなぁと感心する。

まだがやがやしている駐車場を目立たないように抜けて、一足先に潜伏先にと移動する。
幽霊役は二人で、一人は石垣の上からコンニャクを垂らす係。
自分は竹林を抜けたあたりで白い着物を着て待機。社に蝋燭を置いて気が緩んだところでおどかすという寸法だ。

白装束に着替えて、頬のところに火傷に見えるような細工をしたシリコンパッドを貼って、社の影によっこらとしゃがむ。生温かい真夏の風が頬をじとりと撫でていく。ざわざわと竹の葉が揺れる音。
「ふう」
あまりオバケなどは信じないタイプなのだけれど、さすがにこんな薄暗い所で一人待たされたら愉快ではない。
でもなんか幽霊って妙に親近感があるんだよな。ホラ、あるじゃない、幽霊部員とかそういう呼び名。オレキャラ薄くてまさにああいう感じだったから、なんとなく他人事と思えないっていうか。

間もなく現れた連中を皮切りに、オレは黙々と十数組を脅かしていった。悲鳴を上げる、逃げる、蝋燭を取り落とす。逆に全然怖がらない、山崎だ!そのほっぺたどうなってんの?と無粋なつっこみをするなど、反応はバリエーションに富んでいる。今のところ原田隊長のリアクションが最高だ。ウルトラCレベルの難易度で身体をひねりながら後に飛びのいていった。ペアのやつはむしろ原田隊長にビビってた。


原田隊長たちが林を抜けて暫くして、遠くから怒鳴るような声が聞こえてきた。なんとなく節があるような気がする。音程がめちゃめちゃ外れているけれど歌だろうか。だんだん近づいてきたら、遠目で局長たちのペアだとわかった。

「あるくのー、だいすきー」

あっ、あれトトロだ。声震えてるけどトトロの曲だ。合唱してる。やべえ、腹いったい。
咳きこんでしまいそうなところを危うく堪える。

「きつねもー、たぬきもー、」
「あっウソ!!出てこないで!」
震える副長の歌声を慌てて局長がさえぎる。
なんだこれコントか?
どうも歩き方がよれよれとして変だと思ったらどうやら手を繋いでいるらしい。

笑いを飲み込もうとしたらせりふの最初のほうはほどよくぶれてくれた。
「ぅ、う、うらめし・・・・・・」

二人は面白いぐらいにしゃきんと背筋を伸ばし、強張ったままこちらにおそるおそる視線を寄越した。俯きがちににやりと口元だけで笑うと、

「ぎ、ぎゃあああああ!」
こっちがびびるような大声、そしてヒュッと風を切る音がして反射的に身を引いたら真剣だった。むちゃくちゃに刀を振り回されて誇張なく命の危険を感じる。

「お、落ち着いてください」
寸でのところで身体を捻りながら訴えるけれど、
「うわああああしゃべったああああああ」
もう完全に混乱しきった副長には通じそうにない。
「逃げよ、逃げよぉ、トシ」
「もうやだ近藤さん!」
オレが腰を抜かしている間、二人は手を取り合って明後日の方向に走って行った。

オレはそのあとたっぷり十分ほど膝が笑って立ち上がれなかった。レクリエーションで死んだらたまったもんじゃねえ!



残りふた組をおざなりに驚かせてから皆の置いて帰った蝋燭を回収し、集合場所に戻ると、永倉隊長がオレの顔を見るなり言った。
「おい、局長と副長見なかったか」
「え、もうずいぶん前に帰りましたけど」
取りみだした副長に切りつけられた旨愚痴をこぼすと、稲山さんが肩を竦めた。
「いや、戻ってきてないんだよ、それが」
「はあ?」
もう時間にして三十分近く前にオレのいるポイントを通過したので、なんぼなんでも遅すぎる。
「道に迷ったのかなぁ?」
「でも竹林出たらこっちに降りてくる道一本なんだけど」
「逆に坂上がってっちゃったってこと?いくらなんでもそんな迷い方するかなぁ」
「携帯は?」
「繋がらないんですよー圏外ぽくて」
口々にどうしよう、と言い合っていると、入り口付近にいた隊士が声を上げた。
「あ、帰って来たぞ」
いっせいに振り向くと、子供みたいに泣く局長と、局長にべったりくっついて鼻をすすっている副長が駐車場を入ってくるのが見えた。
もう、でかい図体してみっともないったら。市民の皆さんに見られちゃいないでしょうね?

「どこで何やってたんですか。心配しましたよ」
駆け寄れば局長が、怖かったぁ、と抱きついてくる。
「もう無我夢中で、林でて右に曲がったのは覚えてるんだけど」
「どんどん人気がなくなって怖くって」
半泣きで訴える二人に、オレたちは顔を見合わせた。
「あーやっぱり坂上っちゃったんだ」
「ばかだなぁー」
「隣町まで行っちゃったんですか?」
数人がかりでよしよしと肩をなでてやれば、ようやく息が整った局長が首を振った。
「いんや。トンネルのとこで親切なひとが道を教えてくれたんだ」
「ピザ屋の制服着てた」
副長もそう頷く。
「そういやなんであんなとこいたんだろな。バイクわざわざ止めて」

「……えっと」
オレはなんとなくピンときてしまって、稲山さんに目配せした。稲山さんは気まずい表情で副長に尋ねた。
「そのピザ屋、ピざーラでしたか?」
「何でわかるんだ?」
稲山さんは少し言いよどんでから、重々しく口を開いた。
「……あのトンネルのあたりで、去年、バイク事故で・・・・・・配達の青年がひとり、亡くなっているんです」
せりふが終わるのを待たずに、局長と副長は後ろ向きに、そりゃあ綺麗に弧を描いて倒れた。




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