ニードル・ニードル



月例会議のシメは安全衛生の報告。今月の事故、傷病率、休職者数などが並ぶグラフをざっと見て、近藤は隊長たちの顔を見渡した。
「健診はみんな受けてるな」
健康優良なことだけは取り柄の真選組にとって、重要な指標のひとつだ。
「あれ、未実施1ってありますね」
斎藤が紙面を眺めて指摘する。表によると所属は隊ではない。
「誰、まだ受けてないの」
頬を膨らませて近藤が問うと、
「ええと」
口を濁したのは山崎だったので近藤はぴんと来た。またか。横を睨むと、土方があからさまに目をそらした。

会議が終わると逃げるように部屋を出ていく土方を、近藤は大股で追いかけた。腕を掴んで手近な幹部会議室に連れ込み、どっかと椅子に腰かけて顎で促す。
「トシ!ちょっと、そこに座りなさい」
「なんだよ」
土方はちらちら目を泳がせていたが、近藤がもうひと睨みすると渋々向かいの椅子に腰かける。
「一人で行けるって言ってただろ、なんで行ってないの」
「忙しかったんだよ」
「休みだってあったでしょ。先週の火曜も、こないだの日曜もオフだったはずだぜ」
畳みかけられて土方は髪の毛を掻きむしった。
「だー、もう、うっせえな、おれは見ての通りの健康体だ!そんなん検査しなくったってわかる」
ついに開き直ったよ。最低だこいつ。近藤は軽く息を吸い込んで怒鳴った。
「いつになったらひとりで行くの!」
近藤は長い付き合いで、何故かたくなに土方が受診を拒むのかそのわけを知っていた。注射が怖い。要はそれだけだ。ちなみに沖田も同じく注射を嫌がるので、毎回近藤は自分の検診のついでに連れて行っている。
去年までは土方も同行させていたが、いい加減に子供扱いするなと口を尖らせるので今年は本人に任せた。任せるべきじゃなかったのだ。



翌日の夕方、シフトを調整させて、近藤は提携している医院に土方を引きずってきた。

待合室はそろいの緑の検診衣を着た客で込み合っている。近藤は土方の隣に座り腕組みをしている。
「トシ、問診票書いた?」
さっきから全然ペンが動いていないのを見かねて聞けば、いきなり土方の頭がぐんと持ち上がった。
「おおおおおう、なんだ?」
てきめん鼻をぶつけた近藤は顔を押さえ、痛みをこらえてのけぞる。
「ぼんしんひょう、かいて」
潰れた声で指すと、ようやくぎこちなくペンが走り出す。肩をいからせている土方を横目に、近藤はひとつため息をついた。

問診票を書き終えたのかバインダーから目を離すと、今度は膝をがたがたゆすり始めた。さらに胸元を探りだしたので近藤が慌てて止める。
「ちょっとちょっと、ここ禁煙だってば」
「バッカ、わかってるよそんなん、誤解すんなよこれ一ミリのやつだから」
「タールの量の問題じゃねえ!」
ソフトケースとライターを取り上げると、いよいよ落ち着かない様子で目を泳がす。
「細かいことにこだわるな近藤さんは…あれなんか毛深くなったか」
そういいながら土方が擦るのは巨大なゴリラのぬいぐるみだ。
「てゆうかなんで待合室にこんなんあるの」
悪意すら感じるんだけど、と近藤はひとりごちた。

こっち、と土方の顔を両手でつかんで向ける。ごきりと首が鳴った。ようやく自分に合った焦点に、近藤は諭すように言った。
「健康管理だって仕事のうちなんだぜ?」
ただでさえ土方の生活態度はいいとは言えない。むしろマヨネーズにしろ煙草にしろ身体に悪そうなことばかりに拘っている。若いころに比べたら持久力だって落ちているしセックスだってすぐにヘタるのを近藤は知っている。
「あんなのちょっとチクっとして終わりじゃん」
「ちょっとじゃねえよ、永遠とも思える時間が」
まくしたてられて近藤は渋い顔になる。思いついてひょいと土方の腕をとった。
「トシ血管細いの?」
近藤は目隠ししたって採血できると褒められるほど太い血管をしているが、下手な看護師にチクチクやられたとか、そういう厭なトラウマでもあるのかもしれない。
まじまじ眺めるけれど、内側にはわかりやすく血管が浮き出ている。見つけづらいとも細いとも思えない。一緒に肌を眺めているうちに気分が悪くなったのか、ばっと腕を離した土方の顔色は一段と悪くなっていた。
「へんなの、血だって見慣れてるはずなのに」
「あれは別だろ!針なんか刺さないし、第一大体俺のじゃないし」
土方さぁん、と奥から声がした。受付の反対側に、視力や聴力を測定する部屋やレントゲン室などいくつかに分かれて場が設けられている。
「ほら、呼ばれたよ」
足をふんばって肩の間に頭を落とす土方を、最初は測定だけだから、と励ましてようやく腰を上げさせることに成功した。

身長だの体重だのを測って一旦戻ってきて、今度こそ採血室から野太い声が土方を呼んだ。
肘で促せば、竦みあがっていた背中がびしりと伸びた。よし、と大きくうなずく。
「やっぱり帰る」
「ちょ!ばか、帰るやつがあるか」
全力で出口に向かおうとする身体を、近藤は必死で羽交い絞めにする。しばらくもみ合ったのち、土方ははたと動きを止めて、ぼそりと言った。
「……なら、いい」
「へ?」
「あんたが注射してくれるなら、受ける」
「え、え」
「そうじゃなかったらしねぇ」
土方の声は頑固に響く。そんなこと素人にやらせてくれるかわからないけれど、今はとりあえず土方を採血室へ押し込んでしまうのが先だと思った。近藤は喉を鳴らした。
「お、おう、わかった」
どっかで動きを封じて、看護婦さんにバトンタッチしてもらおう。近藤はそう考えて採血室に連れ立つと、カーテンで仕切られたスペースへと土方をひっぱって行った。

ところが、カーテンを引くなり近藤の身体はベッドに押し倒された。
「へ」
目を白黒させていると、土方は近藤に覆いかぶさり、手なれた様子で着物を剥ごうとしている。前をはだけようとする手を止めながら近藤は喚いた。
「なになに、なにしてんの!」
「注射してくれるっていったろ」
意味がわからない、といった表情で近藤が見上げると、土方はこうのたまった。

「あんたがおれにする注射なんかひとつだろ!」



着衣の乱れた涙目の近藤が仕切りのカーテンを破って転がりでてきた採血室は一時騒然となり、真選組とクリニックの提携が来年度からおじゃんになるというおまけつきとなった。



101211