花灯明


「、く、ゥ」
肉の抵抗を割り裂き際まで押し込むと、くぐもった呻きが漏れた。
荒い息を吐き出す。頬からこめかみに電気のようなものが走る。

肩で息をするトシが、頭を布団に押しつけた。ぱさぱさと髪が布に擦れる音。
痛みを堪えているのか歯が微かに鳴っている。キスを落とそうと体を屈めると、中で角度が変わって辛いのか一層眉が寄った。その表情もいちいち腰に響いてしまう。
とりこまれたそこがどくどく蠢く。断続的な締め付けにともすれば達してしまいそうになり、おれは大仰に腰を捻って、トシの腿を抱え上げた。弾みで半分ばかり結合が緩み、掠れた悲鳴が上がる。
体重をかけてねじ込むように、真上から貫く。トシが息を呑む。酸素を求めて大きく開かれた唇の端から唾液が伝う。
貫く、という表現はまさに相応しいと思う。貫いて興奮しているおれと、貫かれて興奮しているこいつと。明日の朝何事もなかったかのように廊下ですれ違うおれたちを思考の隅で想像すると気が違ってしまいそうだ。
腰を軽く引きまた進める。局部からはぐずぐずと水音が立つ。
腹に押しつけられる熱さを感じて見やれば、挿入の痛みで萎えていたトシのものがすっかり反り返っている。気持ちいいんだ。こいつも快楽を貪っているんだ。

突き上げる度に堪らず漏れる甘ったるい鼻声。愉悦に噎び、夜目にも真っ赤に腫れた目元。おれの頭の一番底がどんどん痺れて、快楽だけに塗りつぶされる。
余裕なんてひとかけらもない。
視界の底に沈む肌が、おれの作る濃い陰に浸食されてなおほの白く浮き上がる。光っているのは汗だろうか。


汗ばんで軋む肩に白い点がぽつりと浮いた。
花びらだ。桜か。

肩越しに見やれば障子が少しだけ開いていた。
忍び寄った漆黒に、おれとトシ以外のものが全て包まれたような錯覚に陥る。そこにただ無数の花灯りが舞って、美しいというより、怖ろしい、と思った。






桜が記憶を呼び覚ます。
あのときおれはまだ十八にもなっていなかった。


多少酒も入っていたと思うけれどよく覚えていない。もたれかかってきた体をいつもみたいに抱き込んで、じゃれあって頬にキスをしたらトシが急に身体を強張らせて離した。
それから改まって、あんたと契りたい、と云ったトシの目は真っ直ぐで、
おれは随分古めかしいことを云うな、と思ったけれど、トシがしたいというのならおれにも異存はなかった。断る理由なんてない、そう応えたら、
刹那、酷く傷付いたような痛々しい貌になった。

あの貌を、おれは一生忘れない。



忠誠を誓うため、絆を深めるため。お互いが唯一無二のものと確かめ合うため。もののふにはそういう慣習がある、と、おれはどこかで本を読んだことがあった。もう廃れてしまったそうだけれど、おれはそれを読んで納得こそすれ、違和感はなかった。背中を預けて共に闘う相手とは、全てを暴き合ってしかるべきではないか。だって命を預ける相手だ。生半可な信頼では足りない。
そんなことが頭にあったから、物心付いた頃から半身みたいにしてずっとよりそっていたトシとそういうふうになったところで、不思議はないと思った。



だからおれはよく考えずに首を縦に振ってしまって、トシがあんな顔をするだなんて考えもしなかった。
少し考えればわかることだ。トシはおれと男同士の契りを結びたかったんじゃない。

雌にされ侵入され貪られて、あいつはただおれに噛み砕かれたかったんだ。




「ーッ、ア、」
ひときわ大きくトシの背が跳ねた。晒した喉がはっとするほど白い。
ぐずぐずになった肉の筒を突き上げる。さっき中で出したものが泡だって入り口で厭らしい音を立てる。引きつる腿が汗でぬめって、力の入らない体がおれの動きに合わせてがくがくと揺れる。人形のようでぎくりとする。
上気した頬に涙が幾筋も伝って、前髪は汗で額に貼り付いている。虚ろな目にはおれしか映っていない。かさかさの声でおれを呼ぶ。

「こんど、さん」
譫言みたいだ。縋るみたいな涙声。
それが聞きたくなくて腰をがむしゃらに打ち付ける。
そうすればもう意味のある言葉は聞こえなくなる。
汗の匂いと青臭い体液の匂いが鼻を衝く。五感が全て痺れたようになっている。
焼き切れそうな回路を振り切り、ただ獣みたいに交わる。抉り、突き上げ、どろどろになった熱に絡みとられて、吼える。


「く、いく…、ゥ」
トシがかぶりを振ってみせた。波が下から駆け上がってくる。もうすぐ痙攣がおれたちを襲う。


身も世もなく喘ぐのを痛々しいと、理性もなにもかも奪ってただおれに揺さぶられる木偶みたいにするのを心苦しいと、決して爪を立てない指を切ないと、こんなに心臓はずきずき疼くのに、
おれはおれのしてることの残酷さに目を瞑っている。





体を離すと罪悪感と得体の知れない虚しさで噎せそうになる。
肩を起こし膝を立てる。普段は吸わない紙巻きの煙草に手を伸ばす。肺をいぶして少しでも胸苦しさを誤魔化してしまいたい。手探りでライターを取り、火を付けて口にくわえた。煙草の火がゆらゆらと煙を照らす。
トシは背中を向けたままだ。なだらかな背骨が寒々しくて、そっと手でなぞった。
ひたりと掌を当てる。体温がそこでひとつになる。おれは急に我慢が出来なくなって口を開いた。

「トシ、」
まどろんでいるのかと思ったけれど、存外はっきりした声が、はっきりと言葉を拒んだ。
「なにも、いうな」

「なあ、このままじゃおれは」
「いうな」
皆まで云わせてもくれないのか。このままじゃおれはおかしくなってしまう。


おれはお前を拒めない。でもお前の気持ちを置いてきぼりにしたくない。
それなのにこれが恋だと云うとお前は傷付く。

お前をそんなに寂しいところにひとりにしておきたくないと思う。それをおまえは偽善というのか。


肩を掴んでむりやり起こした。目交いで瞳がぶつかり揺れる。トシはすぐあきらめたように睫を伏せた。
奥歯がぎりと鳴った。おれはもどかしい。


喉から声が出る前に、おれの口にそっと人差し指が当てられた。トシの冷たい指。
「いつかおれを抱けなくなったら、」
そのときはもうあんたの傍にいられないから、だから。
感情を押し殺した低い呟きは、おれの鼓膜を震わせ渦を巻く。

「脇目もふらずにおれを、捨てていってくれ」
この角度からは頼りなく上がる口角しか見えない。唇が震えてもいないのが訳もわからず悔しい。

おれは頭に血が上ってトシの手を払って、見損なうな、と口走って、
口走ったあとで後悔した。見損なわれたって仕方がないんだ、おれは。
「そんなことが、」
言葉に詰まりながら先を紡ぐ。声は割れたみたいになった。
「おれに出来ると思うのか」

おれにはおまえをさらう勇気もない。おまえを突きはなす勇気なんか尚のこと、あるわけがないんだ。


怒らしたおれの肩に緩慢な動作で腕を回し、
トシは少しだけ顔を上げて、目元を綻ばせて寂しそうに微笑った。
「あんた、酷い男だよ」
おれはその顔を見ていたくなくて腕を背中に回してうなじに顎をうめた。
泣き喚かれたほうがどれだけ楽か判らない。おれを責めて、罵って、
苦しいと、胸が張り裂けそうだと、
愛して欲しいと、泣き喚いてくれればいいのに。
おまえはおれになんにも押しつけてくれない。それがただ哀しいと、そう思った。