携帯電話が胸ポケットで鳴り出したので、ちらと懐を覗いた。電光表示を確認して、光の速さでぱちんと開く。通話ボタンを押して、咳払いをひとつ。 「もしもし」 『トシィ』 スピーカーの向こうの声は力ない。大方またあの女にボコられたか、ぼったくりバーでぼったくられた挙句にゴミ捨て場で目を覚ましたとか、そんなところだろう。 『トシ、どこォ』 しょげ返っておれを呼ぶ声は哀れを誘う。 「どこもくそもねえよ。屯所だ。なんだ、また帰れなくなったのか、酔っ払い」 『んん、トシィ』 「そこどこだよ」 尋ねてもあーとかうーとかごにょごにょ言うだけで埒が明かない。後ろは騒がしくないので店ではないらしい。 「いいよ、そこでじっとしてろ」 聞き出すのを諦めておれは途中で通話を切った。 この間の年末、地球の裏側にまで失踪されてからGPSの衛星の数を五倍に増やした。江戸市中だったら一寸の誤差で位置を特定できる。 「オイ、山崎!」 「はいよッ」 声をかけると斜め向かいで作業をしていた山崎が、ラップトップの画面をこちらへ向けた。会話は聞こえていたらしい。 市内にしては緑の多い公園。繁華街からさほど離れていない。むっとする草いきれの匂いに呼吸を浅くしながら中へと踏み入れる。遊歩道をしばらく行くと、小さな広場に出た。中心には噴水がある。その右脇、煌々と蛍光灯に照らされたベンチに、肩を落として小さくなる近藤さんの姿を見つけた。 砂利を鳴らしながら歩み寄れば、近藤さんは酔っ払い特有のゆらゆらした動作で顔を上げて、こちらへと両腕を伸ばす。 「トシィ」 「なんだよ」 嫌味のひとつでもいってやろうと思ったけれど、その捨て犬のような目に残った毒気も根こそぎ抜かれて、おれはまっすぐ正面から近づいた。両腕の間に身体を入れると、そのままぎゅうと腹の辺りに抱きついてくる。思わずつむじに手を置けば、つんつんした髪の感触。整髪料と、それからほんのり汗の匂い。トシ、トシ、と、おれの名前を呼びながら顔を擦り付けてくる。 「どうした」 自分の声が腑抜けたようになっていくのが悔しいけれど、だって惚れ抜いているのだから仕方がない。 帰ろうぜ、な。ぽんぽんと頭をたたいてやると、近藤さんはむくりと立ち上がった。 全身をもってこちらへ寄りかかってくる近藤さんを支えて、のろのろと歩き出す。こうして密着して歩くのも役得なのであえてパトカーでは来なかった。 「トシ」 「ん」 「トシ」 「なんだよ」 耳に残る、その甘えたような声がくすぐったくて、いちいちおれは返事をしてやった。 この時間帯なら通りに酔っ払いも多くて、男二人がこうしてくっついて歩いていてもおかしくはない。近藤さんが重いのもあるけれど、おれはわざと歩幅を緩めている。屯所までの道のりなんててんで物足りない。 「ほら、布団だぞ」 出掛けに敷いておいてやった布団のほうへと近藤さんを導く。近藤さんは素直にしたがって、そのまま折れるように布団につっぷした。 痺れきった肩を回し、お役御免と息を吐く。 「じゃあな、お休み」 そう言って手を振ると、近藤さんがふとんごしにくぐもった声を出した。 「トシー」 「うん?」 いい加減に尋ねれば、こちらに首を向けて、上目遣いでおれを見る。 「行っちゃやだ」 なんだこのかわいい生き物。くらくらしてきた。 「、わかった、よ」 誘ったのあんただかんな、知らねえぞ。そうひとりごちながら布団にひざをつくと、 「わ、」 腕を近藤さんに取られてバランスを崩した。 あれよという間に仰向けにされて、胴体に近藤さんの身体が乗り上げてくる。摺り寄せられた頬、ひげの感触にうっとりしていると、音を立てて近藤さんが、鳥がついばむみたいにあちこちに口づけを始めた。心臓が、どくん、と喉までせりあがる。 「ど、したんだよ」 普段こんなに甘ったるい愛撫なんかない。らしくもない、とは思うけれど。頬をなぶっていた舌が唇を捉え、腔内へ侵入してくるのをうっとりと待つ。酒の味のする唾液をすするうち、こちらまで酔っ払ってしまうような気がする。近藤さんの身体の重さが心地いい。正気なときはこちらを気遣って体重を預けてこないのが、嬉しいけどいつもちょっと不満なんだ。 着物越しの肌はもう汗ばんでしまっている。喉の奥からせがむような息が漏れる。 「ん、ん」 近藤さんが唐突に口を離して、糸を引くのに焦れて見上げる。足首が掴まれたと思ったら、ぐいと引き寄せられた。 「わっ」 近藤さんはおれの股座に身体を割り込ませ、着物の裾をさばき、遠慮会釈もなく下帯に手をかけた。もう上を向いたそれがあらわになる。 「ちょ、」 そこに顔を近づけようとするものだから、おれは慌てて止めた。 「おれ、まだ風呂入ってねえし、」 制止にもかかわらず、あれよという間にそこは滑った粘膜に取り込まれてしまった。 「やめ、や、そこ、」 じゅる、とひどい音が立つ。近藤さんがおれのをしゃぶるだなんてめったにない。羞恥より興奮が勝って、おれのそれを舐め上げる近藤さんから目が離せない。一心に舌を動かす彼の表情を眺めていたらすぐに絶頂が迫って、目の前がちかちかしてきた。 「ふ、うう、ゥ」 酷い快楽と虚脱に腰を震わせる。ぶるりと喉を晒せば、近藤さんはおれの股間から顔を上げて、口元をこすった。 「にがい」 その白濁の液が、唇で指に拭われる動作を目で追いかけて、おれは欲で頭が妬き切れてしまうかと思った。 近藤さんは緩慢な動作で、まだ自分の着物を脱ごうともしない。待っていたらいつまでも入れてくれないかもしれないと思ったら痺れが切れた。 近藤さんの体を押し倒して、今度はおれが乗っかった。鼻先や頬に、噛み付くようなキスを落とす。ふうふう言う、獣じみた吐息が自分のものだとわかってあきれる。 こんなに酒入ってたら大丈夫だか不安になったけど、下着越しに探った近藤さんのそれはもう芯を持っていてほっとした。 もどかしく着物を脱いで、近藤さんの脇をまたいだ。自分のものじゃないみたいに重い腰を揺らして、唾液を絡めた指で自分の入り口を探る。指先は震えて上手くそろわない。近藤さんの屹立が裸の尻たぶに当たって、もう辛抱できなくなった。 焦れてなかなか上手くいかない。ようやく切っ先にそこを合わせれば、ぬるりとした粘膜がアツくて硬い。その感触だけで膝が笑う。 「うぐ、ゥ、」 潤滑が少ないせいでいつもより抵抗があるけれど、こすり付けるようにすれば慣れきったそこはだんだん緩んでくる。ゆるゆると腰を落とせば、近藤さんの剛直がおれを割って沈みはじめる。入り口にぴりと走る鈍い痛みは、すぐに中を擦る凶暴な快楽に食い尽くされる。 「ぃ、ぎ」 一番太いところがいい場所を掠めて、おれは近藤さんの腹に手を突いて動きを止めた。やりすごすまで到底動けない。もう腹のどん詰まりまで来たような錯覚がする。灼熱がおれの胎の中で渦巻いている。あつい。 そのままの状態が辛いのか、近藤さんは小さく唸った。 「トシ、」 ちょっと待て、と訴えようとしたら、両手がおれの腰を掴んで、力任せにどしんと打ち付けられた。 「ひ、」 入った、とため息を吐くように近藤さんが言う。おれの口から漏れたのは悲鳴だった。残りの半分ほども乱暴に衝きいれられて、それまでじわじわとせりあがっていた悦楽が爆ぜて視界が真っ白になった。びしゃりという音に近藤さんの胸元を見れば、おれの噴出した精で汚れている。精道と睾丸がまだじんじんとしびれて熱い。 遅れて始まった、大振りで不規則な律動に翻弄される。達したばかりの身体は木偶みたいにがくがく揺れた。 「…シ、トシ」 びちゃびちゃいう、卑猥な水音の下から、近藤さんが目を細めておれの名を呼ぶ。おれは近藤さんに応えようとするけれど声になってくれない。ずっと精が漏れているような錯覚がする。 朝陽がいっそ白々しい。 伸びをしたらあちこちが軋んだ。さんざん苛まれて体中がだるい。 上半身を起こして後ろ手で着物を探していたら、隣で近藤さんも身じろぎをしたので、 「ハヨ」 からからの喉で云ってやった。 覚醒した近藤さんはぱちぱちと何度か瞬き、それから気まずそうな表情でふとんの裾に目元までを埋めた。おれの声や身体に派手に散る赤い斑点に、ある程度のことは思い出したらしい。 「……昨日な、」 小声でぼそぼそと喋りだすので、上体を傾けて耳を寄せた。 「飲み屋で隣で飲んでたおっちゃんがずっと泣いててさ、」 聞くに、どうやら昨日の言い訳らしい。神妙に腕を組む。 「おっちゃんの犬が死んで」 「犬ゥ?」 「それがトシって名前で、話聞いてるうちにお前と重ねちゃって、お前が死んだら、って思っちゃって」 「ハァ?ちょっと待て近藤さん、そんなくだらないことで」 思わずつっこむと、近藤さんはがばと起き上がってきっとおれを睨んだ。 「くだらなくない!」 勢いに怯んで肩を竦ませる。 「トシが死んだらやでしょ!」 近藤さんの目がちょっと潤んで見えて、胸がじわりと塞がった。 あんなに恋しがってくれるんなら死んだっていいと、ばかばかしいけど今はそう思う。 1006027 |