裸の付き合いなんて大概ろくなもんじゃねえ


灰色の絵の具で塗りつぶしたみたいな空の色。見上げればぼつぼつと、大粒の雨が頭皮をたたき出した。
「あー、降り出しちまった」
屯所を出たときから雲行きが怪しかった、傘を持ってくれば良かった。そう思っても後の祭りだ。

トシと二人で駆け込んだ軒先。見渡せば通りを一本入った路地の奥に、銭湯ののれんが見えた。
「なあ、ずぶ濡れだし入っていかねえ?」
指をさしてそう提案すると、トシは気の進まなさそうな表情をみせた。
「こんなとこでか」
古ぼけているから厭なんだろうか。
「だって冷えちゃうし、当分止みそうにないし、誰か呼ぶにしてもさ」
言い募ると、トシはひとつため息を吐いた。
「ちょっと待て、中を見てくる」
そう言い残して、俺を置いて走り出してしまった。
暖簾を潜る後姿を見送る。中見てどうすんだろ、と思いながらも素直に待っていると、間もなくトシが中から手招きをした。
「いいぜ、入ろう」

何で気が変わったのかもわからず、促されるままトシに続いた。番台で金を払って、手ぬぐいを買って、脱衣所に入る。

脱衣所はがらんとしていて、すりガラスの先の浴場にも人の気配はなかった。
「わあ、貸切りだ」
はしゃいだ声を上げる俺の横で、トシがぽつりと呟いた。
「誰もいないならいい」
「どういうこと?」
聞きとがめると、トシはちょっと不機嫌そうな顔をする。
「あンたの裸、他人には最低限しか見せたくねえもん」
俺はおかしくなって笑った。
「ばかだな、トシ、俺の裸なんか大安売りだってのに」
だからだよ、とトシの声が荒くなる。
「あんたときたらどこだって脱ぎ散らかすんだから。露出狂でもあるまいし自重しろ。身体に自信があるのはいいが、わざわざお宝見せて回ることもないだろ」
だいたいあんた、自分がどれだけ魅力的かわかってねえんだ。あんたの裸見て前かがみになってる男がどんだけいるか。いい加減自覚してくれ。とうとうとトシの説教は続く。冗談じゃない。そんな変態がこの世にふたり以上、お前以外にいてたまるか!
俺は耳を塞ぎながら唇を尖らせた。
「でもさぁ、開放的な気分になって気づいたら脱いじゃってることってなーい?」
「ねーよ」
低く、反吐を吐くようにつっこまれて、返事は思わず敬語になった。
「……ハイ」



浴場に入ると、洗面器を取ってすぐにかけ湯をした。普段なら先に身体を洗うのだけれど、どうせ屯所に入ってからもう一回浸かるし、今は身体を温めるのが先決だ。
浴槽に爪先を入れれば、水で冷えきった肌にお湯がびりびりとはりつく。
「くうー」
足先を伸ばして伸びをした。ああ気持ちがいい。

色あせたペンキの富士山を見ながらトシと、ここ築何年だろ、などと喋っていると、がやがやと脱衣所のほうから声が聞こえてきた。トシの肩がぴくりと跳ねる。
「ベッタベタなんですけど銀さん。どーしてくれんですかコレ」
「お前があんなとこにバケツ置いてるから悪いんじゃねーか」

どうやら聞き覚えのある、そう思ったらガラリと戸が引かれて、現れたのは例の二人組だった。
「あれ、近藤さん、と土方さん」
メガネをかけていない新八くんが目を細めてショボショボと瞬きをする。
「やや、奇遇だねー。どうしたの」
「あ、この先の家具屋でペンキ塗りのバイトしてたんですけど。バケツ転がしちゃって。」
云われてみれば新八くんの顔と、銀時の上半身は塗料のようなもので黒く汚れている。
俺と新八くんが会話をしていると、銀時の顔が厭そうに歪められた。視線の先を辿って振り向けば案の定、トシとメンチを切りあっている。
「なんですかァ、ゴリラを入れてお手軽ジャングル風呂気取りですか?」
「ゴリラとか云うな死ね」
「マヨラーはマヨネーズが溶け出すから公衆浴場に入らないでもらえますかぁ」
「てめーこそ糖が溶け出すだろ、公害だ。今すぐ出て行け」
「まあまあまあ」
俺と新八くんがそれぞれ、脇から宥める。一触即発。仲の悪い猫みたい。

銀時たちはペンキの汚れを洗うべく、それぞれ洗い場の前に腰掛けた。新八くんは頭から被ったらしく、よく見れば髪にまで黒いペンキがこびりついている。銀時のほうは比較的軽傷のようで、勢い良くシャワーを出すと肩の辺りをゴシゴシやり始めた。
新八くんのメガネを外した横顔に、やっぱり兄弟だな、と思って見とれる。
「やっぱりお姉さんに似てるねー」
「キモいこと言うとはったおしますよ」
てゆうか土方さんの目が怖いンですけど、と鏡越しに新八くんが引きつった声を出す。

おざなりに身体を洗った銀時はすぐに浴槽に入ってきて、俺たちとは逆の端に座った。ちらと横目でトシを見て、意地悪く笑う。
「オタク、あれからちょっと太ったんじゃなぁい?」
脇の辺りに肉ついてますよー、と指差されてトシが色めき立つ。
「んだと、食っちゃ寝してるてめーとは運動量が違げーんだよ。てめーこそ前見たときより下腹出てんぞ」
「ちょ、ふかしてんじゃねーぞ」
つかみ合いになりそうになったところで、新八くんが洗い場から不思議そうに尋ねた。
「あれ、おふたり、前もどっかで一緒になったんですか」
「それがよ、むぐ」
トシが咄嗟に腕を伸ばし、銀時の口を乱暴に塞いだ。もごもごと苦しそうな銀時を尻目に、俺のほうをちらちらと伺う。
「なぁどう思う?」
「へ?」
いきなり話を振られて、俺は目を白黒させた。なんだかちょっとはしゃいでいるような口調。
「あんたと違っていつもつつましい俺がどこで裸見られたんだ?って気にならねえ?」
「え、いや?前にもスパ銭とかで会ったことがあるって話じゃないの」
トシは大きく品のない舌打ちをすると、銀時の口を塞いでいた手を離した。げほげほと咽る銀時に、新八くんは振り返りもせず、大丈夫ですかとあんまり心配していなさそうな声をかける。

ぶんむくれてあさってを睨むトシの横顔を見て、そこでやっと、ああ、やきもちやいて欲しかったんだ。と思い至った。バカなやつ。なんで俺がトシの裸なんかを惜しがらなきゃいけないんだろ。

つきあってらんねぇよ、とぼやいた銀時が湯から上がりぎわ、ちらと見えたタオルの隙間に俺はびっくりした。
「え、お前下も白いんだ!」
みしてみして、と、浴槽のへりから乗り出す。
「やめろゴリラ!やだ!えっち!」
だってそんなの初めて見た!好奇心が勝っていいじゃんいいじゃん、と食い下がる。
バシャン、と大きく立った水音に振り向けば、前を隠しもしないトシが仁王立ちになっていた。
「俺以外の男の股間に興味があんのか、あんたは」

あーまためんどくさいかんじに。銀時のぼやきが俺の心の声とシンクロした。
怪訝そうな顔の俺をどう思ったのか、トシは眉間をいっそう寄せて、きっと銀時に向き直るとびしりと食指を突きつけた。
「今日という今日はてめェと決着つけてやる」
そのまま湯船から上がると、銀時にどすどす近寄った。ヤンキーが喧嘩を売るときみたいに睨みあったまま、肩を張って突き出す。
「んだよ、やるってのか」
子供の喧嘩みたいに腕を組む銀時に向かって最後の一歩を踏み出したところで、トシの足が盛大に滑った。
タイルのゴン、という音が、浴場内に鐘の音みたいに綺麗に響く。

「ト、トシ、トシー?」
慌てて浴槽から出て近寄れば、すっかり目を回してしまっていた。後頭部をぶつけたようだ。鼻血まで出ている。
勝手に転んだんだもん、俺しらねーもん、とちらちら銀時がこっちに上目遣いを寄越す。俺はため息を吐いた。



トシを起こしてもまた同じことの繰り返しになりそうだったので、身体を拭いて着替えさせて、このまま俺がおぶって帰ることにした。
脱衣所でシャツだけ着せ掛けて、ぱたぱたとおざなりに仰いでやる。鼻の穴にはティッシュをつめてやった。男前台無し。せめて血が止まってから外に出よう。

「雨、まだ降ってるー?」
大声で聞くと、脱衣所の外の番台からおやじが、小ぶりになりましたよ。と答えた。

「銀さん、いい加減着替えてくださいよ。置いてきますよー」
「待て、ちょっと、まだこれ飲み終わってない」
迷惑料として買ってやったいちご牛乳をあおる銀時に、俺は思い立って声をかけた。
「あー、あのさ」
「なんだよ」

「今日は迷惑かけちまったけど。こいつ、友達あんまいねーからさ、仲良くしてやってよ」
軽口叩いたり、表情くるくる変えたり。お前らにはある程度気を許してるみたいだから。そう言い添える。ほっとくと内に篭りがちで思いつめがちなこいつには、組の外でガス抜きをできるようなところがもっとあればいいと思うんだ。
銀時は新八くんと顔を見合わせて、それから真顔でこちらにずいと掌を突き出した。

「いくら寄越す?」
新八くんとハモって、ニヤリと厭な顔になる。

あーこいつらこういうやつだった。判ってた。判ってたよ。






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(企画お題・『雨』『銭湯』)
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