サンキュー・スモーキング


先週から幕府を上げての禁煙キャンペーンを行っている。PRの一環として真選組もポスターを貼って回った手前、やはり副長がヘビースモーカーでは示しがつかない。とっつぁんを始め上からもきつく言い渡されて、せめて終わるまで禁煙しろ、と言い聞かせ、渋るあいつから煙草もライターも根こそぎ取り上げた。の が、おとついの話。


その帰結がこの有様だ。眼前に広がる惨状に思わず顔を覆う。
障子は桟ごとボロボロ。窓ガラスは悉く割れ、壁にはいくつも穴があいている。塞いでも次からアイツがあけて回る。校内暴力さかんな荒れ切った高校もかくやといわんばかりの損壊。真冬の隙間風が寒い。

「局長……」
恨みがましい声で呼ばれて振り向けば、メガネの割れてひしゃげた武田が立っていた。頬が酷くはれ上がって面相も変わっているものだからびっくりした。
「わ、どうしたの」
「どうしたもこうしたもないわよ、とにかくメガネが気に食わないとかで殴られたのよ。あの狂犬どうにかしてよ」
このように人的被害も大だ。トシの半径三メートルには基本俺と総悟以外は立ち入らないようにしている。迂闊に立ち入ると難癖つけて絡まれる。絡まれたのち殴られる。山崎なんか初日でギプス生活になって、それ以来竹ざおの先に切れ込みいれて伸ばして書類とか渡してる。直訴じゃねーんだから。


なかなか入るタイミングがつかめなくて、執務室のドアの前で右往左往する。
ここからだとパソコンに向かうトシの背中が見える。さっきから覗いていたけれど、一行打っては二行戻り、変換を間違え、と、全く進んでいない。ミスするたびキーボードをばんばん叩くのでハラハラする。壊れちゃうだろそんなにしたら。

「ト、トシ、お疲れ様」
小さく声をかけたら、
「ああ?」
ぎろりと睨まれて反射的に肩が竦む。なんだかどんどん迫力が増してる気がする。
「あ、あのな、色々買ってきたんだ」
何を、とも聞かずに眉根だけぴくりと動かし先を促す。促されて俺はビニール袋の中から箱を取り出した。
「これ。禁煙パイポなんだけど」
「いらねえ。似てるだけにむしろイライラする」
忌々しく吐き捨てられて、慌ててもうひとつ箱を取り出す。
「じゃあシガレットチョコは」
「あんた喧嘩売ってんのか?」
拳を机に叩きつけられ、ヒッと情けない声が漏れた。衝撃でテーブルの向こう端からばさばさと書類が雪崩をおこす。俺は慌てて拾おうと屈んだが、トシはそんな素振りも見せず、膝の上にブーツの踵をどっかと置いて足を組んだ。
「クソ、こんなときに限ってなんも起きねえ」
「へ?」
ひとりごとじみた呟きの真意がわからず瞬けば、ぶつぶつと続ける。
「ごろつきどもいっぱい斬ったら少しはすっきりすんのに」
怖ッ。発想が怖ッ。
これじゃダメだ。早晩死人が出る。そう思った俺は書類を机に戻すと、トシの正面に回って肩を両手で掴んだ。
「ト、トシ。こうしようじゃないか!」
「ああ?」
俺は喉をごくりと鳴らすと提案した。これならどうだ。
「一週間ガマンしたらなんでもいうこと聞いてやる。但し出来る範囲で」
「まじでか」
途端、トシの目が別人みたいにキラキラ輝き始めた。
「こ、後半ちゃんと聞こえた?」
トシはがっと俺の拳を両手で掴んで、至近距離でこくこくと頷いた。
「武士に二言はねえな」
いやだから、物理的にも法律的にもできる範囲で、とへどもど云い足すけれど、聞こえているのかいないのかトシはにやりと笑った。
「約束だぜ、近藤さん」
ぞわりと何か厭なものが背筋を伝う。



翌日。
食堂でどんぶりをかっこんでいたトシの椅子に、隊士の足が掠ったらしい。ガン、と音がしてトシの肩がぶれ、机の上に載っていたコップが倒れて水が零れた。
潮が引くようにあたりのざわめきが止み、食堂内の全員が固唾を呑んで見守る。とばっちりを恐れて入り口付近できびすを返すものもいる。
トシに睨まれた新人隊士は可哀想なぐらいに怯えてしまっている。テーブルのはす向かいに座っていた俺が思わず中腰になったのと同時にトシは、ふー、と深呼吸をし、舌をひとつだけ打った。
「気をつけろよ」
それから水のかかった袖を払い、マヨで真っ白い丼に向箸を戻す。隊士は狐につままれたような顔で、はい、すみませんでした、と謝った。

おお、と原田が短く、感嘆の声を上げる。隣の席の山崎はラーメンをすすりながら、俺の脇をついた。
「今朝から大人しいんですけど、昨日なんかありました?」
「う、うん」
頷けば、山崎は小声ながら興奮気味に聞いてきた。
「さすが局長っすね!アレ、どんな魔法使ったんですか?」
ごほんと咳払いをし、こそこそと耳打ちをする。山崎の表情は固まり、その後思い切り憐れんだような顔になった。やめて!そんな目で見ないで!
「あの、あのな、探ってほしいんだけど」
「何をですか」
「いや、だから、あいつが、何して欲しがってるか」
はあ、と山崎はため息をついた。面をどんぶりに戻し、ズズッ、と残りの麺をすする。
「バカ。救いようのないバカ。学習しろ」
小声でぼそぼそ云われて俺涙目。言い返しようが無いところが辛い。



山崎がトシの部屋に入ったのを見届けて、襖にべったり張り付いて聞き耳を立てる。
報告書だの何だの読み上げて、トシが出す指示を一通り聞いて、山崎はさりげなく話題を変えた。
「煙草、ガマン出来てますね、すごいですね」
「キャンペーン中禁煙できたらなんでもするって近藤さんと約束したから」
「へえ。局長太っ腹ですね」
あんまり興味がなさそうな態度の山崎に、妙にうかれた口調のトシが尋ねた。
「何してもらうか聞きたいか?」
盗み聞きをしている俺のドキドキは最高潮だ。自分に聞かれているわけでもないのにウンウンと頷いてしまう。
「いや、いいです、別に」
「そうか、聞きたいか、仕方ねえな、近藤さんには内緒だぜ」
あっさり断った山崎のせりふをまるで無視してトシの放った一言に、俺は心臓が止まるかと思った。

「お妙に『ペチャパイですね』って言ってもらう!」

声にならない叫びが喉から漏れた。お、俺に死ねっていうの?
トシの声は得意げに続く。
「そしたらお妙ブチギレだろ。近藤さんへの好感度もゼロになるだろ」
「・・・・・・いや元々ゼロ、どころかマイナスだ思いますけど」
山崎が堪えかねたように失礼なつっこみを入れる。トシは鼻でフンと笑って、女心がわかってねえな。だからお前はモテねーんだ、と偉そうにご高説を垂れる。
「近藤さんみたいな色男に昼夜問わず口説かれて落ちないわけねえだろ。あの女あんだけきつく当たっちゃいるが本心ではまんざらでもないんだぜ。つれない態度だって全部ブラフだ。いつ乗っかってくるかわからねえ。ここらでいっぺんガツンとやらないとな」


話を皆まで聞く勇気はもうなかった。震える膝をいなし、俺はダッシュで自分の部屋に戻った。
押入れからトシから取り上げたカートンを引っ張り出し、それら全てをふたを開けた状態で、トシの行く先ありとあらゆる場所に設置した。人目につかなそうな下駄箱、ピンク電話の脇、トイレの個室。「ここなら吸ってもばれないかも」と思わせることがミソだ。
そしてトシの後をつけ、現場を押さえられるようがんばった。ストーキングならお手の物だ。それでもあいつはかなり粘った。脂汗を流して十分以上にらみ合いをすることもあったが、手は出さなかった。

俺とトシの根競べは、キャンペーン期間最終日、刻限ギリギリで決着を迎えた。
あいつがひっかかったのは乱雑にしている机の、書類の束の下に一本忍ばせてあったやつ。ジッポの音がしたのを聞き届けた俺が踏み込んで現場を押さえた。
トシは俺のぎこちない芝居には気づかないようで、畜生、悔しい、を連呼していた。それから、部屋では吸って良いけど外では我慢、と約束させてひとまず一件を落着させた。

卑怯者と笑えば笑え。俺だって命が惜しい。



禁煙キャンペーンが終わるとトシはヘビースモーカーに戻り、機嫌も勤務態度もすっかり元どおりになった。あまり誉められたことじゃないが確かにあいつにとっては不可欠な精神安定のツールになっているようだ。

トシは門のところで原田と談笑しながら、プカプカ煙をふかしている。縁側に腰掛けて遠目に見ていれば、視線に気づいたのかこちらにむかって小さく手を上げた。俺も応えてひらひらと手を振る。喉がひきつって焦ったような笑い声が出た。

俺の横でラケットの手入れをしていた山崎がこちらを呆れたように見る。
「責任取れないこと云わないほうがいいっすよ、ほんと…・・・」
云われて、ウン、と素直に頷いた。学習した。





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(企画お題・『禁煙週間』)
ご協力ありがとうございました!!^^