十五夜えれじい


そろそろかな、とカレンダーの表示を指でなぞって思う。

月にいっぺん、トシの様子がなんだかおかしくなる。
それがどうやら満月の前後らしい、という妙な法則性に気づいてから、俺の部屋のカレンダーは数字の下に月齢と小さく月の絵が書いてあるものにしている。いくらなんでも男なんだから生理でもなかろうに、何でこんな妙なバイオリズムなんだろう。

「近藤さん」
ノックもなくがらりと襖が開いて、背筋がぴしりと伸びる。ほら来た!
「こんなとこにいたのか。フラフラしてんじゃねえよ」
「す、すまん」
俺が俺の部屋にいてなんで責められなきゃならないんだ。不本意に感じながらも反射的に謝れば、
「風呂沸いてるぞ。入ろうぜ」
と帯でくくった浴衣を掲げられた。
「う、うん」
「なんだよ、おれとじゃ厭だってのか」
「い、いや」
そんなことないです。ぶるぶる首を振りながら、引き出しから替えのぱんつを引っ張り出した。


様子がおかしい、というのはこういうことだ。
常よりキビしいこいつの束縛が尋常じゃなくなる。束縛とか言うレベルじゃなく、ほぼ子泣きじじい状態。
出張だろうがなんだろうが、あれこれ理由をつけてついてきて、片時も傍を離れようとしない。風呂はもとよりトイレにまでついてくる。もちろんキャバになんていけない。お妙さんちに行くなんてもってのほかで、多分真剣はおろか重火器まで持ち出してくること請け合いだ。すまいるのツケにお妙さんちの修繕費用まで加算されたら、定期の解約ぐらいじゃすまないだろう。想像して寒気が走る。


先導されるがまま、トシの後ろをついていく。
脱衣所の戸をトシが無遠慮に引くと、すぱんと大きく立った音に中にいた隊士たちの肩が揃ってびくりと跳ねた。
籠にどさりと浴衣を放れば、トシを中心にざっと輪ができる。こういう時のトシには触らないほうがいいというのはみんなよく学習しているようだ。偉いぞ。

俺が空いてるカゴを探している間に、トシはぽいぽい服を脱ぐ。それからタオルで下を隠そうともせず首にかけた。このあたりこいつはほんとに男らしいと思 う。
「何もたもたしてんだ。見とれたか」
心外なことを云われた気がするけれど否定するのもアレで、促されるまま慌てて帯を解く。トシは腕を組んでこちらを凝視していたが、腰でタオルを縛るあたりで痺れを切らしたらしく、すそをむんずと掴んできた。
「ぎゃ、ちょ、トシッ」
ほどけちゃうでしょ!といった苦情は耳に入らないらしくそのままずんずんと引っ張られる。引っ張られるままについていけば浴場へ続く扉から出てきた隊士もぎょっとして道をあける。毎月のこととはいえああみっともない。
「わかった、逃げないから離して、すべるし、風呂」
渋々と云ったかんじでやっと手が離れる。トシはまっすぐ浴槽に向かい、かけ湯もそこそこにどぼんと漬かった。
俺は洗ってから入る派なのでケロよンの洗面器と椅子をひきずってきて、シャワーを出して石鹸を泡立てる。その間も視線が背中に痛い。

落ち着かないながらもざっと身体を洗って、やれやれと思いながら浴槽に足を入れれば、トシは待ち構えていたようにざぶざぶ波を立て寄ってきた。
近い。いつもより十センチは近い。肩はくっついて、後ろ頭をこっちに乗り上げるようにしてくる。湯船に残っていた数名の隊士が、気まずさに続々と上がっていくのに、目配せでごめんな、と謝る。毎度ご迷惑をおかけしております。
「あんまくっつくとのぼせるぞ」
半分諦めながらも苦言を呈するけれど、トシはちっとも取り合わない。
「うるせえ」
殆ど人のいなくなった浴室に、トシの声はぼんやり反響して耳に残った。いつも俺だけにちょっと甘い音程。


斯様にちょっと辟易ものだが、俺にも引け目があるから、気の済むようにさせている。
俺だって俺なりにこいつのことが大事だし、云えと強請られれば好きというけれど。どうしたってこいつが望むような、こいつと同じだけの気持ちは、俺には返してやれなくて、それはもう俺とトシが別の人間である限りいたし方の無いことなのだけれど、それをこいつが不満に思っているのは知っている。そのあたりのストレスが、こうやって出るのかなとなんとなく思うから、だから俺はあんまりきつく出れない。
普段から好き勝手やっているように見えて、こいつなりにガスを溜めているのならばそれを抜かせてやるのも俺の役目かもしれないし。とかなんとか考えていたら俺のほうこそのぼせそうになった。





風呂から上がって当然のように局長室に上がりこまれ、そのまま、まあその、夜のご奉仕とやらも一通り済ませて、ようやく寝付いたトシを、ふとんごしにぽんぽんと叩く。
多分あと数日はこうだろう。
枕もとの行灯を消して、ふあ、とあくびをひとつ。尿意に襲われたので俺はそっと、トシを起こさないように這い出した。


「うーさぶっ」
厠の帰り、縁側から見上げた月はほぼ満ちている。冬の冴えた空気で輪郭は綺麗に見えた。誰かに見せてやりたいような気持ちになって、歩みが少しゆっくりになる。

町の喧騒も遠い。ざわざわいう風の音の下から、微かに、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。聞き間違いかと耳を澄ませば、もう一度。
俺の部屋のほうからだ。それがトシの声だ、とわかるまでに暫し時間を要した。それぐらいあいつらしくもない、あえかな声だった。

どんどんと足音を立てて障子を引く。訝しく思って少し大きく声をかけた。
「トシ?」

布団の上に膝立ちになったトシは、親に置いていかれた子供のような、あまりの空虚に途方にくれたような顔をしていた。
跳ね除けられたかけ布団が足の辺りにたぐまっている。

思わず駆け寄れば、トシは俺の膝下に倒れこむように縋りついてきた。
近藤さん、と繰り返す声はどこか泣き出してしまいそうで、俺はひどく狼狽した。
トシの肩を撫でながら膝から引き剥がし、同じ目線に身体を落とす。抱きついてくるトシの身体を正面で受け止め、背中をかき抱いた。
は、と大きく吐き出した息が不自然に長い。水から上がったときのような不ぞろいな呼吸で、トシは切々と訴える。
「起きたら、あんたが、いなくて」
どっかいっちまったかと、そう喘ぐ声を、聞いていられなくて俺は唸った。
「すまん」

悪かった、と繰り返し、トシの背骨をそろそろとさすった。
あんな顔をさせてしまったこと、こんな声を出させてしまったことを、ただ詫びたかった。
心臓に爪を立て、思い切りひっかかれたような気分だ。同情や憐れみを超えた、ひどい哀しみが俺の胸までをじくじくと灼く。こいつにこんな思いをさせないためにならば俺は何でもしよう。






数日過ぎれば、何事も無かったかのようにまとわりつきは止んだ。俺は久しぶりの単独行動を噛み締めて、ふうとため息を吐いた。

しかしなんだってあんなに不安定になっちゃうのだろう。ホルモンバランスか。本人にもそれとなく聞いてみたが、わかんねえ、と首を傾げられてしまった。

みかんを剥きながらぼんやり考えて、横の総悟に話を振った。
「総悟、わかる?」
「あいつのことなんざ俺にわかるわけありやせん」
思考回路自体が理解不能でさ、といわれ、思わず唸った。
「だよね」
みかんの房をいっぺんに口に放り込んでもぐもぐやる。お茶請けのせんべいを補充しに来た山崎がしれっと、
「おれ、知ってますよ」
などというものだから、みかんを口に含んだまま前のめって尋ねた。
「え、ひってるの」
「副長のあれが出るようになったのいつごろか覚えてます?」
ごくりとみかんを飲み下し、問われて考える。あのカレンダーが二代目で、その暫く前からだから。指折り数えて俺は答えた。
「一年、半くらい前?」
「その頃局長、大怪我したでしょ」
「あー、あったね、そんなこと」
そうだ、おととしの夏、警護の任の最中に爆発に巻き込まれたことがあった。当人の俺は後から聞いたが一晩意識が戻らなかったらしく、組のみんなには随分心配をかけた。
「あの晩も綺麗な満月でしたから」

ああ、と俺は得心した。
納得したら腹のあたりがずくんと疼いた。この間の晩のトシの表情を思い出す。本人の意識を飛び越え、身体に染み付いてしまった恐怖なのだろう。


今更ながらに、俺の負っているものはなんて重いのだろうと思う。重くて手に余り、なにものにも代え難く尊い。
ふん、と総悟が鼻を鳴らしてこたつに突っ伏した。俺は総悟の頭に手を載せて、祈るような気持ちで目を伏せる。




100123
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(企画お題・『カレンダー』『風呂』『愛されてるけど不安』)
ご協力ありがとうございました!!^^
(『カレンダー』の方、年末に間に合わなくてすみません^^;
そして『愛されてるけど』の文脈間違ってね?というかんじですが
許してやっていただけるとありがたいですorz)