快楽は沈黙する


「うーん」
寝苦しさに耐えかねて変な声が出た。
ぼやけた思考でその違和感が、胸の上に乗る重圧だと認識する。
遅れて瞬けば、
「な、」
鼻先でちかりと切れ長の目が瞬いた。
一瞬背をのけぞらせ、すぐに思い至って全身から力が抜けた。
「トシ…」
ああびっくりした。名前を呼べば得意げに目を細めて、俺の頬に口付ける。こういうところが猫みたいだと思う。言葉の通じないところとか。
枕もとの目覚まし時計、電光表示をちらと見る。俺はため息をひとつ吐くと言った。
「トシくん、あのさあ、明日何の日だっけ」
夜這いにしたってもうちょっと考えろよ。もういい年なんだし。
「さあ」
「さあじゃないでしょ。明日は新入隊士試験で、お前が剣の相手するんだろ。ぶっとおしで三、四十人はやるんだぜ」」
腰痛めちゃったらどうするんだよ。苦々しく言うけれど、
「負けねぇから関係ねぇ」
とまるで意に介さない。いやそういう問題じゃなく。文句はキスでふさがれた。

「な、見て」
ひっかぶっていた布団をばさりと剥ぐ。露出した上半身には夜目にも真っ赤な、下世話なサテンのベビードール。おそろいのショーツとガーター。
まった似合わないぱんつ履いちゃってまぁ。
もはやここまで来るとギャグでやってるのかという感想だけれど本人は至って真面目らしく、俺の借りてきたAVのパッケージと首っ引きで似てるのを探していたりするのを見ると、いじらしいなという気にもなる。努力の方向はあさってだけれど。
仕方ない、手加減して早めに終わらせてやればいいか。そう思い直してレースの縁取りに手をかけた。


「あ、う」
たくし上げて胸をなぞってやれば、すぐに背中が丸まる。ベビードールはばんざいして脱がせた。枕の向こうに放って、腰ごとぐいと寄せる。
技巧も何もないキス。こいつはいつも体当たりでフェラだって下手だし、俺だって上手くもないから(こいつだからこんなに全身性感帯みたく反応するのであって、他の人相手にそうはいかないことなんかよく知ってる)こうやって肌を重ねてがっつきあう自分たちは傍目にはさぞかしみっともないんだろう。そんなことを思いながら、ひちゃひちゃいう水音を聞く。
「んぅ、む」
唾液を掬い取って舐め、そっと唇を下ろしていく。押さえた脇腹の辺りがひくひくと跳ねる。心臓の音がうるさい。
喉の薄い肉を軽く食む。あ、と肌越しに喉仏が震える。
無造作に手を下ろせばレースからはみ出す性器はぴんとはりつめている。ちょっと指でくじれば鈴口からはぬめりが面白いぐらいにこぼれるんだ。
「ひゃ、ふ、ア」
響いたあえぎ声をあわてて口で吸い取った。くぐもった音に煽られて咥内をぐちゃぐちゃに貪る。頬肉の裏までをえぐるように舌を差し込む。


本来こういうふうにつかうところじゃないのに。トシの後腔を探りながら思う。そこは歓んでおれの指を奥へと誘う。あられもない声ばかりを上げて肩を震わせる、俺の形にぴったり合うように従順に拓くからだ。

毎度毎度、こいつに勃起している自分をすごいなぁと、他人事みたいに思う。それでもいざ肌を合わせればそういう気分になるのだから性欲ってむごい。
立場が逆だったら自分のせいじゃないと。俺の意思じゃないと言い張ることもできるかもしれないが、俺が勃起しなければ行為は成立しないのだから残念ながらこいつに責任を押し付けるわけにもいかない。

大きく開かせるために足首を掴んだら、丸まった赤いショーツがひっかかっていて、なんだか物悲しい気分になった。
腰を突き出せばいっそう結合が深くなって、泡だった潤滑の音が意識を快楽に引き戻す。
「アぁ、ッ、ぐ」
欲望のままにグラインドを大きくする。中の肉がざわりとからみつくのがたまらない。女とは違う、襞の一つ一つにきつくまとわりつかれる感覚。それが、トシの言動とどこかオーバーラップして、トシの人格まで犯してめちゃめちゃにしているような気分になる。頭の端で手加減するつもりだったことを思い出すけれど、腰は止まってくれない。
角度を僅かに変えれば、いいところに当たったのかトシがひときわ大きく喉を晒した。
「ひいッ、」
立てられてもあまり痛くないように、こいつの爪を深く切っているのは俺だ。そうして俺の形にみんな合わせて、俺以外の誰とも合わないようにして、こいつに何の得がある。

こいつのことを本当に思うならば、おれはこいつを突き放すことも出来たはずだ。もう何度だってそのタイミングはあったと思う。それでもそのたびに、情だとか惰性だとか執着だとかに負けてやりすごしてしまった。
そうするうちに俺にだって飼いならしきれない、怖ろしい化け物みたいなものが身のうちに生まれて、時折それに乗っ取られておれは身体を明け渡してしまう。
みんな俺に供されている、という昏い悦び。おれはいつかこいつを食い殺してしまうんじゃないだろうか?
伸ばされた腕に応えて、汗まみれのキスを。罪滅ぼしにもなりゃしないのに。



「腰がちょいと引けてますねィ」
訝しげな総悟のせりふを、トシは鼻であしらった。
「だからなんだ」
やはり目敏い総悟はだましきれなかったみたいだ。俺はトシの隣で味噌汁をすする箸を止めた。
「そんなんじゃ途中でヘバってやられちまいますぜ、まあ俺にしちゃ願ったりですが」
「抜かせ。ひよっこ連中なんかにやられるかよ」
「とはいえ副長が簡単に一本取られでもしたら沽券にかかわりまさぁな。全く体調管理ぐらいちゃんと」
はらはらしながら二人を見守っていたが、ここは俺のせいでもある。助け舟を出そうとどもりながら口を開けば、
「そ、総悟、トシはな」
「ああ面白くねェ」
わかってまさァ、と、うんざりしたように総悟が遮った。

「近藤さんはほんとに、土方さんには甘いんだから」
食器のトレイを持って席を立った、総悟の背中を見送って、
ほんとにそうかな、と俺は思った。





091102