「あーひでー目に遭った」 鏡の前でやっとつるつるになったほっぺたを撫でながらため息を吐く。 ウイルスが体からようやっと出て行って、毛が抜け始めたのがおとつい。顔や体型もだんだん整い、今朝起きたら完全に元の姿、ていうかホモサピエンスに戻っていた。おかえり俺の体。感慨も深く自分の身体を抱きしめる。 抱きしめていたらうしろから訝しげな声がした。 「おはよ、う、ウホウホ?」 振り向けば、顔を洗いにきたと思われる原田がとっさに語尾にゴリラ語を付け足す。 「もう戻ったよ!何なのそれで歩み寄ったつもり?」 「ウホホー」 とバナナを差し出してくる総悟に至っては完全にイヤガラセだ。まあくれるなら食べるけど。 「まあ戻ったんからめでたしじゃないですか。まー戻らなくてもさして支障は」 のんきな声を出す山崎の頭が小気味いい音を立てて斜め手前に沈んだ。 総悟からバナナを受け取る俺の目前に仁王立ちになったのは他でもないトシだった。 俺の身体を肩から腰までぱんぱんと叩き、よし、元通りだ。と頷く。 「よかったな」 「ああ」 ほんとにもうあんなのはゴメンだ。お妙さんには撫でてもらえたし、ホウイチ殿とあいつらと四匹の野外生活はそれなりに面白かったけど、とっつかまったときにマジで死ぬかと思ったし。ほんとに屯所に帰ってこれてよかった。まさか制服で自分が認識されてるなんて思わなかったけどさ。だってそうだろ。制服着てたらわかるってことはそういうことだろ。畜生。 「でも俺は一目見たときからわかったぜ。これは近藤さんだって」 ウソだ。オーバーオールのときわかんなかった癖に。マヨネーズで三匹弄ばれたこと一生忘れないからな。 「言葉だって俺にしかわからなかったしな」 これもウソだ。総悟はともかくこいつには全然言葉が通じなかった。通じてないのに分かったフリで周りを訂正したり、特に爪切りどこって聞いてんのにマヨネーズを得意げに差し出されたときは殺意が沸いた。本気で殴ってやろうかと何回か思ったけど、ゴリラの腕力だと洒落にならないのでガマンしたんだぜ。 まあもう何を云ったところで遅いからいいんだけど。 しょっぱい顔で目を細めていれば、視線が掠めた総悟が肩を竦めた。そうだ総悟のほうがよっぽど俺の云いたい事をわかってくれてた。ほんとにいい子に育ってくれて涙が出ちゃうよ。 「俺と近藤さんの前にはどんな障碍も意味がないんだ」 また仰々しいことをいう。素面じゃ聞いていられない。 いつも誇大妄想狂に近いようなことを口走っているのを聞く。運命の出会いだとか魂の愛だとかアダムとイブ越えだとかレノンとヨーコ越えだとか。あれ、後者だと俺死ななきゃいけないじゃん。 でも俺は知っている。 その実せいぜいちょっと長続きしているぐらいの、どこにでもある平凡な恋だ(性別は平凡じゃないかもしれないけど)。環境やら世間体やら時間やらに負けて、そのうちお前も、俺だって嫁を貰って家族を作るだろう。想像するとざわざわと落ち着かない気持ちになるけれど、でもそうなったとき。あんなの全部勘違いだった、目が覚めたとといわれたときに、俺は笑って、そうだろ、と背中を叩いてやろうと思う。 さっぱり水に流したって、きっと俺たちは隣にいられる。否、隣にいるために、俺には笑い飛ばす義務があるんだ。 ウンザリしている隊士相手に暫く講釈を垂れた後、 俺の方を仰いだトシはにやりと口角を上げた。 「なあ、近藤さん」 それでも時折。 こいつの言うようだったらいいと、 俺とこいつが誰より特別に、誰も間に入れないぐらい離れがたい絆で結ばれていればいいのにと、 思ってしまう自分を、最近俺は持て余している。 091007 |