恋文



焦がれても 焦がれても 焦がれても
それでも息は止まってくれない


ねえ俺はあんたのために

あんたのためだけに汚れて死ぬのに



ねえ俺は、







手紙はそこで終わっていた。

「局長」
遠くで俺を呼ぶ声がした。
ぎくりとして振り返る。

ノックと同時にドアが開いて、駆け寄ってきた山崎は弾んだ息のまま書類を手渡してきて、俺は相づちを打つ事に腐心しはじめた。
手紙はどうしただろう、とまだ麻痺してるような頭の隅で思い出す。
気付けばそれはポケットに突っ込まれていて右手でくしゃりと音を立てた。


いつもはトシに任せっぱなしの書類を手伝おうと、あいつの机から一束ごっそり持ってきた。
その書類の中から出てきたノートの切れ端のようなもの。走り書きの類かと思って何気なく開いた。

それは紛う方無き恋文、で

そして始末の悪い事に誰宛かも見当が付いてしまった


俺は罪悪感と狼狽とそして 少しの甘みに浸食される額を抑えきれない






部屋は明るい。まだ起きている筈だ。
軽く叩いたら、障子の木枠はビリビリと震えた。
間を挟んでもう一回、手の甲を振り上げたところで障子が開いた。
「何だ、こんな夜中に」
「飲もうぜ」
俺の抱えた一升瓶が目減りしているのを見て、寝間着のトシは渋い顔をした。
「もう酔ってるのか」
「堅い事云うなよ」
トシの肩にしなだれかかるようにして部屋に足を踏み出す。
こんなときこいつの身体がいつも強張る理由を、俺は今まで考えもしなかった。

布団は既に出してあったが、机の電気スタンドはついていた。
書き物でもしていたのだろう。
俺は布団の隅にどっかと座って、布団の隣をぽんぽんと叩いた。
トシは溜息を一つ吐くと、棚からグラスを二つ出して横に座った。

「こんな遅くまで仕事か、大変だな」
「俺がやるのが一番早いから、仕方ねぇだろ」
「任せっぱなしじゃ悪いと思って、昼間持ってってちょっと手伝ったんだ」
「ここから?」
「ああ。出せるもんは出しといたぜ」
「…、机の上から、持っていった、のか?」
軽く頷く。トシの顔色が変わるのが判った。


沈黙に耐えきれずに、俺はグラスを煽った。
胡座のまま上体を傾けて、口を開く。
「…すまん」
口に出してから、それは留めだったと思った。
俺にとっても、こいつにとっても。

「これは、俺のか」
皺だらけのそれを懐から出す。
「…違う、って云ったら騙されてくれるか?」
作り損ねたような笑顔は、すぐに虚ろになる。

もう戻れない。


「それで、どうしたいんだ、あんたは」
絞り出したみたいな、細い声が震えた。
「俺が、居なくなればいいか?」

「そうじゃない」
そうじゃない、…俺は、

「お前の気持ちに応えたい」

トシは目を見開いて、それから
は、と苦々しく吐き出した。
「あんたのそれは同情だ。同情ならいらない」

「ほんとか」
いざり寄る。真剣な表情で覗き込む。
残酷なまでの確信と焦燥が、俺とこいつを追いつめる。
「同情ならいらないのか」


距離に負けたようにトシは唇を噛んだ。
「ずるい、」
あんたはずるい、と云いながら顔を覆った。
そうずるい。俺はずるいのかもしれない
でも俺はこんなところでお前を失いたくない。

頬に重ねて手を置いたら湿っていたので、トシが泣くのは何年ぶりだろうとぼんやり思った。

手は簡単に引き剥がれた。閉じた瞼に口づける。こじ開けるように舌でなぞる。
トシが猫みたいに小さく鳴いて、俺達はどさりと布団に倒れ込んだ。




こいつと肌をこんな形で合わせる日が来るなんて夢にも思わなかった。

下半身はもうどろどろに溶け合って、お互いの唾液を追いかけて、
きりなく煽る欲望に、何も誤魔化されまいと歯を食いしばる。
腰を進めるたびに鼻に掛かった声が抜ける。
俺の名前を呼ぶ声の含む色を、見極めようと眉を顰める。
首筋からぽたりと汗が伝って落ちた。

これはお前の望むものじゃないかもしれない

限界を感じて最奥で止めた。
びくり、びくりと身体が痙攣して、腹に熱いものが跳ねる。
呑み込みきれなかったものが、入り口から漏れ伝う感触。殺した長い悲鳴。
「なあ、」
満ちているか。お前は満ちているか。

頼むからそんなに哀しそうな顔をしないでくれ。






「なんで、あんたが泣くんだよ」

自分が誰を哀れんで泣いているのかわからない。
泣くなよ、と繰り返す声音はただ優しかったから、
ぐちゃぐちゃな頭でそれでも、これが恋ならよかったのに、と思った。