「おはよう、トシ」 俺の一日は近藤の挨拶で始まる。 最初に屯所を設けた時も、ずぼらな近藤にかわって副長権限を存分に駆使した挙句、局長室と副長室を並んで設置した。 「いやぁ、やっぱりトシは頼りになるなぁ」 そんな事を笑顔で言われ、あまり必要もない風呂まで敷地内に作った。 そもそも屯所は寝起きするための場所ではないから、みな近所に家があるものは隊務が終わればそちらに引き上げていく。遠方から出てきた物は大概、女を囲ってその家に入り浸りと言う場合が多い。 ここの敷地内に作った風呂を使う人間と言えば、ここが家も同然の俺と近藤、それに帰る場所がない沖田と何故かここから離れたがらない山崎くらいだ。 今朝も一番風呂を使ったあとの近藤が鼻歌を歌いながら廊下を歩いてくる。俺はそのタイミングを逃すことなく、部屋を出る。毎朝廊下ですれ違い、近藤が使ったあとの残り湯で風呂を済ませる。 「もう少し早く起きたらどうだ、トシ。一番風呂は気持ちいいぞ」 「……酒を抜くために入る湯に、一番も二番もねぇよ」 寝起きで口の中はカラカラに乾いていた。できるだけ朝は身支度など整えずに、着替えだけもって風呂に向かう。寝ぐせなどついていればしめたものだ。 普段は俺の方が近藤の身だしなみを口うるさく言う事が多いせいか、俺の髪が乱れているのを見つければさも嬉しそうに手をだしてくる。今朝も跳ねていた前髪を、近藤の大きくて無骨な手が直してくれた。 冬場、風呂から上がった後の近藤からは白い湯気が立っている。熱い風呂が好きな江戸の男だ。 「沖田はどうした」 「まだ寝てらぁ。鼻先にプリンでもぶらさげりゃすぐに起きるだろ」 「早朝の会議は任せて大丈夫か」 「あー、はいはい。あんた出てくると進む話も進まねぇ。こっちでやっとくからでーんと部屋で構えてておくんなさいよ、大将」 面倒くさそうに応答を済ませるのがこの時のコツだ。 あんたの用事まで全部引き受けてやってるんだよ。そんな姿勢をちらりとかいま見せると、必ずポン、と近藤が俺の肩に手を置く。 「お前だけが頼りだ、トシ」 「……近藤さん」 今朝はまた一段といい台詞が聞けた。いつもありがとう、すまないな、女房役だと諦めろ。毎朝様々なねぎらいの言葉が聞けるが、さすがに今朝は感動して言葉に詰まった。危うく股間に響きそうなイイ台詞だ。 「何だ?」 「髭、そり残してるぜ。みだしなみくらいちゃんとしろよ」 そう言って、いつも整えている顎髭の端に指を這わせた。微かに残ったそれの位置を示すように指の腹でざりざりと擦ると、そのまますれ違い風呂場に向かう。 風呂場に向かう間、俺は髭を触った感触を何度も反芻していた。 あの顎に頬ずりされたらどんな気分か、そこから類推して何度か味わう。 肩幅のいい女や、笑顔のいい女ばかり渡り歩いている昨今だが、なかなか毛深い女なんてものはいない。 貴重な感触を味わうよう、廊下を曲がってからぺろりと指を舐めた。シェービングローションの匂いが鼻先を掠める。あとで山崎に同じ銘柄を買ってこさせよう。 風呂場に入ると、鍵を閉めて数人で使える内湯を占領した。 先程まで近藤が浸かっていた湯に身を沈める。あの男は長湯が好きで、放っておけば好きな歌を歌いながらいつまででも入っていた。ガキの頃からそうだった。湯を掬い上げ、それで顔を洗う。今朝もいい湯だ。 俺の目覚めは、人生最高の二番風呂で訪れる。 |