「トシ、口あけろ」 「は?」 「いいから、口あけろ。口」 言われてよく分からないままに俺は口を開けた。目の前に卵焼きが差し出される。そのまま卵焼きは俺の口の中へと押し込まれた。 「どうだ、うまいか?」 「ああ、うん。まあ」 味など分かったものではなかった。目の前で朝飯を食っている近藤。俺はその正面に座って同じ内容の飯を食っている。 「甘い卵焼きはアンタの好みだろうが」 それを何だって俺によこすんだ。 首を捻って目の前の男の顔を眺めたが、焼いたソーセージと納豆で飯をかっくらう近藤の視線がこちらを向く事はない。 仕方がないので口に残った卵焼きを飲み下すと、甘さをうち消すようにみそ汁を啜った。みそ汁は俺が好きなシジミのみそ汁だった。 「なあトシ」 「ん?……あ、近藤さん。飯ついてるぜ」 「飯?」 「ほら、ここ」 言って米粒がついている口元を指差す。 しかし不器用を絵に描いたような近藤の指がそれを探し当てることなどできるはずもなく、箸を握ったままだったために髭にまで米粒がついた。 「しゃーねぇな。ほら」 仕方がないので手を伸ばし、米粒を取ってやる。もったいないのでその米は俺の口の中に収まった。 「すまんな」 「いつまでもガキじゃねぇんだから」 「それで、何だって」 「ああ、この魚なんだが」 「……ああ」 近藤は魚が好きだが、魚を食うのは苦手だ。 昔からそうなので、比較的器用な俺が暇な場合は身を解してわけてやる事になっている。 そういえば最近こんなふうに飯を食うのは久しぶりだ。いつもは回りにうるさいほど隊士がいやがる。こんな真似をすれば近藤の権威がおちるので、近藤が魚と悪戦苦闘している姿を遠目で見ているばかりだった。 「これでいいだろ」 「おう」 うれしそうに秋刀魚の身を口に運ぶ近藤。その顔がいかにも魚がうまい、うまくて仕方がない、といういい表情だったので俺も嬉しくなり秋刀魚に箸をつけた。 思えば最初の卵焼きは、この作業代の前払いだったのかもしれない。 それにしても、あんなに大好きな卵焼きをそう気前よく俺によこすだろうか。ふと疑問を覚えて近藤の顔を見ると、案の定、残っている俺の卵焼きに意識が傾いているようだった。漬け物をぱりぱりと、小気味よく丈夫そうな顎で噛み砕きながら、ちらり、ちらりと間違いなく卵焼きを見ている。嘘のつけない男だ。 試しに箸でそれを摘み、近藤の口元に持っていった。 「近藤さん」 「何だ?」 「口あけろ」 「あ?」 「いいから、口開けろ。やるっつってんだよ」 そういって卵焼きを差し出すと、近藤が大きな口を開けて…… 「ふんっ!ふんっ!」 聞き慣れた声が庭に響いている。目を開いた先にあったのは、近藤と卵焼きではなく天井と酒瓶だった。 「飲み過ぎたか…」 顔の横に転がっている空き瓶を握り、立ち上がる。いいところで邪魔をした人間は既に分かっていた。大きく振りかぶり、襖などぶちやぶる勢いで空瓶を投げる。 「ヤマザキィィィィ!!」 |