「ああああ」 「どうしたですかい、土方さん。魂が漏れてますぜ」 不覚な事に、沖田に指摘されるまでその唸り声が俺自身のものだとは分からなかった。どうやら無意識のうちに声が漏れだしていたらしい。 「単なる発声練習だ。ほっとけ」 「三途の川を渡りかけたジジイみたいな発声でしたが」 「今すぐその川渡らせてやろうか」 睨む視線にも力が入らない。胸にぽっかりと大きな穴があいたようだ。その穴に猛烈に何かをつっこんで埋めてしまいたいのだが、飯を食おうが、人を斬ろうが、何の足しにもならなかった。せいぜい、酒を飲んで気を紛らわせるくらいだ。 並んで歩いている沖田から自主的に離れ、屯所の側の酒屋に足を向けた。昨晩飲み過ぎたせいで、酒のストックが切れている。補充用にめぼしいものを漁っていると、店の奥から大事そうに一升瓶を抱えた山崎が出てきた。 「あ、どうも。土方さんも、買い出しですか」 「まあな」 こいつと長く話していたくない。そう思っているせいか、自然と返答は短いものになる。 「よかったら、その、これ」 「あ?」 「あの、俺のせいで土方さんの連休、全部潰してしまったお詫びに」 「いらねえよ」 諸悪の根源が、泣きそうな顔で酒瓶を抱きしめて立っている。そもそも、こんな虚無感を抱えるはめになったのは、山崎の報告が原因だった。桂一味と思わしき人物が、白山通りの蕎麦屋に潜伏している。そんな報告を受けた俺は、せっかくの連休を潰して仕事をするいはめになった。 別に、仕事で休みが潰れる事は珍しい事ではない。新撰組の副長という立場にいるからには、その程度の責任は背負って当然だ。しかし、先日の連休だけは別だった。 近藤と、一緒に取った連休だったのだ。 ここ一月は、一年の中でも二人が仕事を放り出してもいいくらい暇な時期で、なおかつ年休などという有名無実なものを多少は消化してもいい期間になっている。沖田、齊藤、原田、と各隊長クラスの人間も代わる代わる休みを取っていた。そこで俺は、二週間ほど根回しに奔走し、最後に近藤を説き伏せて三日間、休みを取ったのだ。根回しは容易だったが、近藤に仕事を三日休ませる事が一番難しかった。それでもようやく、平日ではあるもの確約を取り付けたところで山崎の報告があがってきた。近藤がその報告を聞いて黙っているはずもなく、近藤が一緒でなければ連休など何の意味もない、むしろいっそ共に働いていた方がましだと思える俺は揃って休日を返上する事になった。 「あの、…土方さん」 「消えろ。俺の目の前から。今すぐ」 未だねばり強く俺の前に立っている山崎の肩を、軽く小突いた。ひ、と声にも鳴らない悲鳴を上げて店から走り去っていく。大人げない事をしているのだという事は分かっていたが、その三日間でやろうと思っていた事を思い出すだけで胸が焼け焦げそうだった。 近藤と、温泉旅館で二泊三日。 二泊三日、もちろん沖田という邪魔者はいない。旨い飯をふたりで食い、旨い酒をのんで、ついでに温泉に入ったり、意味もなく散歩をしたり、もちろん夜はやりたいだけやって、という夢は儚くも消えた。特に最後の、やりたいだけにゃんにゃんする、という項目が打ち消された事が肉体的に結構堪えているらしい。ここ二日、どうにも気が立って仕方がない。誰かにあたり散らしたい。本当は、近藤に当たり散らして物理的にも精神的にも宥めてもらいたいのだが、そんな事は口が裂けても言えなかった。 「畜生…」 図らずも声が漏れてしまう。 計画が淡い夢と消えてしまった今、早くそれを忘れて、どこかで苛立ちと肉体的な欲求をはらしてしまった方が身のためだ。店のレジに、焼酎の瓶を二本置く。金を払い、屯所へと戻る途中、吉原あたりでせめて体だけでもすっきりさせてこようと心に決めた。 世の中というのはなかなか難しいもので、決めたからといってすぐに行動に移せるわけではないらしい。吉原に行こうと決めた途端、江戸城近辺で毒ガス騒ぎが起きた。全員の装備を調え、送り出し、ついでに自分も出撃して指揮をとり、問題が起きたので責任を他の組織になすりつけて戻ってきた頃には夜明け前と言っても差し支えない時間帯になっていた。 「…死ねってのか。俺に」 疲労が、肩からのし掛かってくるようだった。 疲れが堪るほど、下半身が元気になってくる自分が呪わしい。 出先近所のホテルに宿泊してもいい、という通達が出ていたが、せっかく今日買った酒を一口も飲めずに一日が終わるのは悔しかった。馬鹿のような意地で、皆出払って人気のない屯所へと帰還する。いるのは最低限の留守番役程度だ。適当にねぎらいの声をかけ、廊下を歩いて自室に向かう。帰り道に買ってきたロックアイスが入った袋を手首に下げ、珍しく静まり返った大部屋を通り過ぎた。 異変を感じたのは、自室の前に辿り着いてからだ。明かりを消していったはずの部屋から、僅かではあるが光が漏れている。静かに息を殺して戸に耳をつけると、中から人の気配がした。隊内に潜む間者が、部屋の資料でも漁っているのかとあたりをつけて氷を床に置いた。 刀に手をかけ、抜刀する。迷いはなかった。相手が一人なら、負けない自信がある。 「動くな!」 戸を開けた瞬間、蠢いていた影がびくりと強ばりその場にうずくまるのが見えた。服装からして、隊の者である事は間違いない。構えたまま、じり、と足を踏み入れた。 「顔を上げろ」 「ひっ!す、すいませ、……っ、すいません…」 必死で許しを請う声に、覚えがあった。聞き慣れた声だ。長い髪に隠れた顔は、山崎のものだった。 「監察方がこんなところで何をしている」 「あ、ああ、あの…、…っその、…」 言いよどむ山崎が必死に腕の中に隠しているものが目に付いた。着替えて、洗濯に出すために山積みにしておいた制服のシャツ。刀を納め、そのシャツをひったぐるようにして奪い取った。 「……あ…、…あああ…」 シャツを追いかけるように、山崎が顔を上げる。うずくまっていた上半身が起こされると、ようやくそこで山崎が何をしていたのかが分かった。 情けないことに、山崎は半裸に近い状態だった。ズボンのベルトが外れ、下着まで一部下ろしている。剥き出しになった精器は、見事に勃起していた。 「この、…てめぇ……」 「ひぃぃぃっ!…すいません。すいません。悪気はなかったんです。本当です。ただちょっと、シャツの匂いを嗅いでいただけで、よ、汚してません。本当です!」 半裸のまま、土下座して許しを請う山崎。俺はそんな男の後頭部を眺めながら、言いようのない苛立ちを感じていた。 「独りでマスかいてたってのか。ああ?誰もいねぇと思って、俺の部屋で」 「すいません。すいません。土方さんが、その、あの…す、す、好きで」 「はあ?」 「好きで、それで、その、…掃除、しようと思って部屋に入ったら、シャツがあって」 ぽつり、ぽつり、と山崎が土下座をしたまま騙り始める。掃除といっても、空いた酒瓶を回収しようという程度のものだったらしい。本当かどうかは知らないが、先日の連休を潰してしまった事を気に病んで、自分なりに考えた奉仕活動だったようだ。 「で、出てきますから、すいません。掃除、あとでちゃんと…」 股間を隠しながら立ち上がろうとした山崎を、俺は無言で蹴り飛ばした。 「わっ!」 「てめぇ、何したか分かってんのか。コラ」 「ひっ、…ぃぃぃ」 「ああ?この汚ぇモンで俺の部屋汚して、何が掃除だ」 尻餅をついて転がった山崎の、股間を思わず足蹴にした。 「あああっ!」 靴下越しとはいえ、あまり嬉しくない感触が足裏に伝わってくる。 「こ、コラ。何考えてんだ、感じてんじゃねぇぞ。この変態!」 踏んだついでにもう少し力を込めて、擦り潰すつもりでぐりぐりと押した。途端に、びくん、びくん、と山崎の背が跳ねる。嫌な予感がした。 「うあぁ、……ああっ!」 次の瞬間、生暖かい体液が俺の足にぶちまけられた。 「……や……まざき……ッ!」 足の甲といわず、指と言わず、漏れ出た白い体液が布地へと染みこんでいく。足を振ろうにも、動かせば床に零れる事は分かっていた。被害が拡大するのは困ると、どこかで冷静な俺が考えている。結局、山崎に始末させようと、汚れた足で寝転がったままの腹を蹴った。 「おい、何考えてんだ」 「す……いませ……ぐっ!…ごほっ…」 荒い息をつきながら、山崎が身を起こす。始末しろ、と俺が足を掲げて見せると、どこか嬉しそうにその顔が緩んだ。嫌なものを見た気がして、思わず視線を逸らす。山崎は丁寧に俺の靴下を剥ぎ取り、濡れた場所をティッシュで拭っていく。不意に濡れた感触を皮膚に感じて視線を戻すと、汚れた場所を清めるように男の舌が這っていた。 「…っ、…!もういい!やめろ、変態が!」 「あ…、…はい。すいません」 口元を拭いながら、山崎が頭を下げる。ようやく足を床に下ろして、酒屋の袋を目の前の男に放り投げた。 「汚れた奴、それに入れろ。間違っても再利用するな。いいな」 「は、…い」 うつろな目で、袋の中に汚れた靴下と丸めたティッシュを入れていく山崎。一通り片づけ終えると、袋を手にしたまま、どこか縋るような目で俺を見上げてきた。 「あ、あの」 「何だ」 「踏んで、ください」 「ああ?」 「つ、次は汚しませんから。また、踏んで、くださ…っ……」 そう言って顔ごと畳に擦りつけるようにして土下座した山崎の股間では、先程射精して萎えたはずの精器が再び固く反り返っていた。 「な、…お前」 「あ、足。足を、舐めてたら、その…」 言いにくそうに山崎が白状する。俺の足の掃除をして、ついでに舐めているうちにまた欲情したらしい。踏まれて射精する性癖もどうかと思うが、それを更に逸脱する勢いで山崎は変態だった。 「…死ね。この変態ホモ野郎」 怒りにまかせて、山崎の脇腹を蹴った。噎せながら、身を丸めて蹴られたところをかばう山崎の足を強引に広げさせ、無造作に踏んだ。 今度は靴下がない、素足だ。躊躇いはあったが、それよりも、酷く気持ちよさそうにしているこの男の顔に、様子に、態度に、腹が立った。 この野郎、俺が禁欲状態だってのに、気持ちよさそうに出しやがって。 憤りをぶつけるように、かちこちに固い精器を踏みつける。振動を与えるように膝を揺らしてやると、甲高い声を上げて呆気なく果てた。しかし、俺はそこで足の動きを止めることはなかった。息を整える間もなく踏んでやる。容易く山崎が快楽に落ちていく。 俺が満足して足を止める前に、山崎が気絶した。 気絶した男のシャツを借りて足を拭うと、そのまま置き去りにして風呂へと向かう。多少気は晴れたが、やはりまだ悔しかった。 気絶するくらいやりたかったのは俺の方だ、と口の中で呟く。 うっかり声に出ていたかもしれないが、聞いているものなど誰もいないので構わないだろうと開き直った。 「ああああ」 口から魂が漏れだしていく。 山崎に当たっている暇があったら、吉原に行けばよかったと後悔した。 結局俺はその版、気絶した山崎のせいで部屋に戻ることができず、眼鏡男とチャイナ女、それに白髪野郎がたむろする安いスナックで散々管を巻いて意識を失った。 |