「うわ、ひでぇや」 沖田が俺の手にした器を見て目を背けた。 丼の中身は、言わずと知れたカツ丼。トッピングにマヨネーズをたっぷり。まろやかで濃厚な酸味と脂身がカツのころもとマッチしてなかなか美味い。数あるマヨネーズ系メニューの中でも気に入っている一品だ。 「この味の良さが分からねえうちは、まだまだだな」 「豚の餌を腕に抱いてロマンに浸ってやがらぁ」 「何か言ったか」 「味覚音痴だって言ってんだよ」 「……斬る」 丼を抱えたまま、鍔口を押し上げた。沖田は既に抜刀している。こちらがまだ刀を手にしていないことも、片手に飯を持っていることもおかまいなしに斬りかかってきた。 「味覚だけ切り落としてやりますぜ。新しい味覚が生えてきたらきっとまともな味が分かるようになるはずでさぁ」 「てめぇ、頭のど真ん中狙ってんじゃねぇか!」 背後に引くのではなく、前に踏み出すようにして半身になり凌いだ。丼を抱えた左腕を前に突き出す。すると、沖田が一瞬顔を歪めて怯んだ。その隙を逃さず、手首のスナップをきかせる。 「ぶっ」 「どうだ、美味いだろう」 丼を顔面にぶち込み、ぐりぐりと押しつけてやった。丁寧に顔中になすりつけてから離すと、顔をマヨネーズまみれにした沖田が薄ら笑いを浮かべて刀を振り上げる。俺も負けじと、次の攻撃を狙いテーブルからマヨネーズのボトルを掴み上げた。 向かい合い、無言でにらみ合う。睨んでいるのは俺だけで、沖田は相変わらず微笑んでいるだけだったが。 波が満ちて、引いていくように互いの呼吸と緊張が張りつめては緩んだ。大きく、波が引いていく。張りつめて膨張し、押し寄せてくる、その瞬間。 「飯を粗末にするな、トシ」 「近藤さん」 「お前もだ、総悟。トシのマヨネーズ好きは今に始まったことじゃないだろう」 「虫酸が走るんでさあ。あのマヨネーズの盛りを見ると。年々悪化してるんですぜ」 「昔は金がなかったからな。トシも我慢してたんだろう」 沖田の顔を手ふきで拭いながら、諭すようにして宥めていく。近藤にしかできない芸当だ。 俺はもう一度カウンターに向かい、新しいカツ丼を貰い受けると手にしたままのマヨネーズを威勢良く絞り出した。カツが見えなくなるまで盛るのがポイントだ。 ちらり、と近藤の方をみる。沖田は俺の手元を見て辟易した顔をしていた。周囲を見渡すと、他の隊員たちも大概は同様の反応を示している。そうだろう。俺も最初は、こんな飯など食えたものではなかった。そんな周囲の冷ややかな視線の中で、近藤だけが俺のマヨネーズ飯を認めるように笑顔で眺めていた。にやり、と笑い返して箸を取る。蕎麦を頼んだ近藤の正面に座ると、さもうまそうにマヨネーズまみれのカツ丼を食らった。 「トシはマヨネーズが本当に好きだな」 「ああ。マヨネーズだけ飲める程度には好きだ」 「俺もガキの頃、カルピスが原液で飲めるくらい好きだった」 「もうガキじゃねぇ。こいつは大人の食い物だ」 「そうか」 マヨネーズ飯を食っているときは幸せだ。近藤以外は俺の周囲に寄らないし、喋ろうともしない。逆を言えば、近藤が必然的に俺の側に来る。それだけで、マヨネーズ臭い飯もやけに美味くなる。最近はこの味になれてきて、数日食わないと中毒を起こしたように欲しくなるほどだ。 「トシ、口の端。ついてるぞ」 「ん?どこだ」 どのあたりにマヨネーズがついているのかなんとなく分かっていたが、あえて分からない顔をして反対側を擦った。すると、近藤が手を伸ばし指で拭ってくれる。とれたことを確かめるように、ぺろりとその場所を舐めた。離れていく近藤の指の、先端に舌が触れる。痺れるくらい美味かった。できるだけ表情に出さないようにしながら、残りのカツ丼をかきこむ。 「ごちそうさん」 代金を置いて、席を立った。 あの飯を食いきった俺を、妖怪でも見るような目で他の人間達が見つめている。実際腹は凭れていたが、何食わぬ、日常にある動作を一つこなしただけのような顔をして煙草を唇にくわえた。 店を出てすぐ、一番安い新聞を売店で買う。 もちろん、隣には近藤が並んでいる。 新聞の紙面の、半分はニュース、三割が広告、残り二割は風俗広告か体験レポートになっている。そのレポートに、SMクラブの特集が載っていた。 変態も、悪いもんじゃない。 ちらりと題名を見ただけで、すぐにシネマ批評の記事へと視線を移す。 変態は大概の人間に否定されるが、そのかわり受け入れられた時の喜びは大きい。 例えば俺の、マヨネーズのように。 |