世界で一番(コノハナ作品)


世界で一番幸福な寝床。



その日は久々に隊士全員が駆り出される程の大捕物があった。
といっても本来の仕事は幕府要人の警護で、警護対象を狙ってきた攘夷派の浪士を狩った結果がそうなったに過ぎない。
もっとも、俺達はカエル面したヤクザ紛いの天人の警護なんざさらさらやる気がなかった。近藤がやると言ったから、それに従っただけだ。警護の仕事で出る臨時報酬を目当てにしていた奴らもいるだろう。ただ黙って何かを守っているより、派手に暴れてこっちから攻め込んでやりという気持ちは隊士全員、共通の気分だったに違いない。
沖田が乱暴な形で提案した囮作戦を飲んだのは、そんな隊の中の雰囲気を汲んでやったという部分が二割。残りの八割は、身のうちに渦巻く怒りをはらしてやりたいというごく個人的な理由だった。

「大人しく寝てろよ、近藤さん」
「そう言われてもな、肩以外は何ともないんだぞ」
「刀持ってる人間が、左肩動かせねぇでどうするよ。かわりに銃でも持つか」
「馬鹿言え。まだハリセンの方がマシだ」

米神を引きつらせながら近藤が呻く。
麻酔は効いているようだが、傷のせいで少し発熱しているらしい。よくある怪我なのであまり気にはしていなかったが、銃創は火薬が体の中に入ると厄介だ。起き上がって仕事をしようとする近藤を制して、俺は枕元の湯飲みを勧めた。中には薬湯が入っている。酒にとかして飲むタイプだ。

「またこれか」
「効くんだぜ」

苦笑しながらも近藤が酒に混ざった薬をすする。
部屋の外は捕り物の当日から丸一日過ぎた夜だった。お上からお咎めの苦言と褒美の言葉を半分ずつもらい、ついでに雀の涙のような報奨金ももらい受けた。屯所の中もようやく落ち着きを取り戻しつつある。怪我をした人間は病院に。無事な奴は交代で休息を取る事になっている。指揮は近藤の代理で俺がとっていた。
実質、隊の指揮権を渡される事は珍しくない。周囲も慣れたものだ。俺が近藤の世話をしたがるのを見越して、用があれば局長室にやってくる。近藤の意識があれば近藤から指示が出るのだから、満更間違っている
わけでもない。

「さて、もう一仕事ってとこだな」
「…昨日から、ずっと起きてるのか」

言外に、休息を取れと言われて俺は首を横に振った。

「別に、暇をみつけちゃ寝てる」

本当は全く眠っていなかったが、平然と嘘を言った。この男のためなら、俺は平気で嘘を口にできる。嘘をつく対象が、例え本人であったとしても。

「じゃあその目の下のクマはなんだ」
「うるせぇ。いいから、あんたは寝てりゃいいんだよ」
「トシ」
「な、…何だよ」

近藤に腕を捕まれ、焦った。立ち上がろうとすると、握る力が強くなる。このまま無理に俺が腰を上げれば、近藤がぶら下がってくるのが目に見えるようだったので思わず情けない声が漏れた。

「近藤さん」
「いいから、休め」
「チッ。…分かったよ。分かったから、とりあえず、定時報告だけはやらせてくれ。これが終わったら、後は山崎にでも適当にやらせる」
「本当だな」
「ああ、本当だ。俺がアンタに嘘ついたことあったか?」

その言葉自体が真っ赤を通り越してどす黒い嘘だったが、俺はさらりと笑って言ってやった。まるで総悟みたいに、きれいな笑顔で笑ってみせる。その顔に騙されでもしたのか、近藤が渋々俺の腕から手を離した。
ようやく立ち上がる自由を得て、刀を掴み腰を上げる。

「じゃあな。養生しろよ」

言い残して、部屋を出た。
近藤の大きな欠伸が廊下まで聞こえてくる。薬に、少々睡眠薬を混ぜておいたのだが、ようやくその効果が出たらしい。つられて俺まで欠伸をしながら、残った雑務を片づけるために歩き出した。まだ半日は眠れそうにない。





捕縛した浪士を引き渡し、臨時の報奨金をもらうための細々とした手続きを終えた頃には夕方になっていた。まだ近藤は寝ているだろうか。起きていたら飯でも運んで食わせようと、局長室へと向かう。

「近藤さん、入るぞ」

声をかけたが、返事はなかった。どうやらまだ寝ているらしい。薬の分量を間違えたのか。不安になって襖を開けたが、どうやら寝顔や寝息に異常はなく、ただただ爆睡しているようだった。
半日前と同じように枕元に座り込み、近藤の顔を眺める。
この男の寝顔は、幸福そのものだ。俺にとっての、幸福。
ガキの頃から変わらない、俺の「かっちゃん」がそこにいた。
不意に大きな欠伸が口から漏れた。
さすがに、二日も寝てないとなると体もだるくなってくる。
瞼を押し開いているのも億劫で、人を睨み付けるように眺めていたせいか帰りは人混みを横切ったにもかかわらず偉くスムーズに帰宅できた。
また一つ、大きな欠伸。
駄目だ、どうにも眠気に勝てそうにない。
気力を振り絞って、時計を見た。まだ夕飯まで一刻ばかり余裕がある。
考えが及んだのは、そこまでだった。
俺は目の前の布団に、体ごと突っ伏していた。

柔らかな布団。上下する胸。
目が覚めるまでの一時、体温の側で微睡む。もう瞼が開きそうにない。何時の間にか布団の中にとりこまれた。畜生、寝たふりでもしていたのかと腹立たしさに愛しさが混じって泣きそうになった。



そこは世界で一番幸福な寝床だった。