喉が灼ける
いつもの飲み屋ののれんをくぐると、ひとり先客が居た。 目つきの悪い、真撰組の、あのゴリラの世話係の。 「よう、なんだっけ、多串くんだっけ」 「うっせぇ黙れ」 芋焼酎、とオヤジに云って、席を跨ぐ。 この屋台は客を放って置いてくれるから気に入っている。 多串くんの前には既に何本か空のとっくりが転がっている。 頬の赤みから見てほろ酔いってところだろう。 俺は突き出された焼酎をコップの端から舐めて啜った。 ぶっきらぼうな口調が襲うように云った。 「俺、オマエ嫌いだから」 何だ、藪から棒に。ちらりと視線を遣ると深く頬杖を突いていた。 「斬れねぇもんは嫌いだ」 膨れた子供のような口調に、鼻で小さく笑ってコップの酒をあおる。 「アンタはもう斬らねぇのか」 「何を?大根とか?」 とぼけてみたけれどやっこさんは喉で笑った。 「ああ、血の出る大根だ」 「そうね、斬ってないね近頃」 命が紙みたいに軽い事を知ってる奴と飲むのは息苦しくて同じだけ気が楽だ。 空気が口元でぴりぴりした。 「どうしたの、今日は」 この店で見たのは初めてだ。 幕吏なんだからもうちょっといいところで飲んでいてもよさそうなものなのに。 「女の家、追い出されて」 面倒くさそうに云う。どうでもいいって雰囲気だ。 「ここが一番近かった」 「へぇ」 モテるオトコはツライねぇ、とからかうように笑ったが怒った様子もない。 「アンタは女いないのか」 ふいに振られて、つるりと口が滑った。 「女なんて怖くて抱けないよ」 「ふうん?」 結構ぶちまけた事を呟いたつもりだったけれど、 向こうは酔っているのか、突っ込んだ返答は返ってこなかった。 女を知る前に女を斬った。女は男より手応えが無くて刃に脂が付いてすぐ痛むから嫌いだった。 女はみんな血の匂いがする。俺は血の匂いで興奮出来ない。だから女は抱けない。 血の匂いで勃起する奴は大抵戦場で長生きしない。それかすぐ狂う。 俺は血の匂いを嗅ぐと冷静になる。 何処を斬れば相手が壊れるか瞬時に太刀筋を読んで 息を止める 息を止める 息を止める そういう闘い方をしてきた。 「多串くんは厭ンならないの」 「何が」 「斬っても斬っても、キリないだろ」 「厭になんかならねぇさ」 薄笑いを浮かべて、夢見るような声音で云った。 「俺はあのひとのために汚れて死ぬんだから」 俺はこいつみたく 誰かのために斬っていたのじゃない 許せないから、気にくわないから、 道をふさぐから斬った。 そんなの長続きするわけがなくて、 壊す事しかできない自分に倦んで、それで刀は捨てた。 それでもこびり付いた錆みたいな臭いはいつまで経っても取れない。 臭いを許すだけの理由もない。 理由があったなら俺ももっと楽になれただろう。 少し恨めしくて嫌味を云った。 「そんなにゴリラが好きかよ」 「好きとかそんなんじゃねぇ」 嫌味はあんまり通じていない。 奴は浮かされたように、もっと、と云って押し黙った。 「もっと、何?」 返事はなかった。 代わりに不審げな視線が俺の首の辺りに絡みついている。 「なんだ?」 「ここ、歯形ついてるぜ」 首の後ろを示されて、反射的に手を遣った。擦る。 「オンナじゃなかったらオトコか」 誤魔化すのもバツが悪くて返事に窮する。 「あのメガネか?」 「まだ子供だ」 俺だってわからない。なんであいつとこんなことになってるのかさっぱり。 「右も左もわかんねぇ子供だよ」 「そんなんに手出してんのか」 呆れたように云われて、目を伏せた。 「遊びか」 「じゃなきゃ困るわぁな」 汚ねぇ大人だな、と云われたけれどさっぱりそんな気はしなかった。 むしろそうだったらよかったのに、と願った。 俺はあいつをどうしたいのか 命を握りたいのか握られたいのか離れたいのか近づきたいのか それすら判らない。 「多串くんくらい判りやすかったらよかったのにね」 振り向いたら、ちょっと目を離した隙に机に突っ伏していた。 これ俺が担いで帰る事になるのかな、と思うと自分も酔いつぶれたくなった。 多串くんは鼻の頭を真っ赤にして、でもその寝顔は安らかだったから、 なんだか面白くなくて鼻をぴんとはじいた。 うー、と云って、顔を背けて、また動かなくなる。 自分をどうにか誤魔化せれば、少なくとも割り切れれば、 あるいは満たされる事も出来るのかもしれない。 「オヤジ、もう一杯」 喉がカラカラする。 吐きたいような、沸騰するような、むかむかしたこんなに厭な気持ちに免疫はなくて こんなに苦しいのが恋でたまるか、と思った。 |