贋作ヒロイズム
車体がいつもよりひとりぶん重い。エンジンは頼りない音を立てている。 「えっと、君、なんつったっけ」 「新八ですよ。何回云ったら憶えるんスか」 新八。口に出したら はい、と律儀に返事を寄越したので俺は髪をわしゃわしゃと掻いた。 サツの連中と揉めて、それが一区切りついたら俺はさっさと消えようと思っていたのに、その前に袖を捕まえられた。 いかにもとっぽいこの坊ちゃんは、何をどう勘違いしたか あんたのとこで働かせてくださいと云った。 スクーターにひょいと乗り込まれて、促されるままにエンジンキーを入れて、 今に至る。腰を掴んだ子供の手を視界の底に確認して、顎を上げて大声で云った。 「本気なの、その、うちで働くとか」 「はい」 「給料とか禄に出ないよ」 「どっちにしろジリ貧なんで」 雀の涙くらいで大丈夫です、と弾んだ声が返ってくる。 その雀の涙も出ないかもしれないんだけど、まあそんなことはどうでもいいんだけど。 別に助手になるというのは構わない。万事屋の仕事も人数が居た方が勝手がいいし、カッコもつく。 ただ、さっきからどうも引っかかってるのがこいつの俺を見る、 ”ヒーローショーを見る幼稚園児みたいな”目つきだ。 否さっきまでの出来事は安物のヒーローショーそのものかもしれない。 ちゃちな人助けをした。人助けと呼ぶのもおこがましい。 俺は正義の味方なんかじゃない。 許せない事が多すぎて、それを見過ごす事が出来なくて、 気にくわない事があったから駄々をこねるこどもみたいなもので 俺にはなまじ力があったから、 手を振り回したときはねのけられるものが人より多かったそれだけのことだ。 俺には俺のルールがあって、それは長い間に出来たびくともしないもので 厭でも身体が従ってしまう。 そこにある価値観は怖ろしく二元的で柔軟じゃない。 そのくせ自分には都合がよく曲がる。結構どうしようもない。 俺は判った振りをする大人になれなかっただけで、 ほんとに、子供が駄々をこねてるのと何にも変わらないんだ。 そこには理念とか信念とか ましてや正義なんてない そんなものをいちいち意識してたら何も出来ないし、それらは言い訳にするには純粋すぎる。 スクーターを店の裏に止める。 メットを座席に閉まって、振り向くと 新八は物珍しそうにきょろきょろしていた。 小さく深呼吸して、少し大きな声で呼んだ。 「新八」 俺は 護る ということがどれだけ傲慢で独り善がりで押しつけがましいものか知ってる 強い ということがどれだけ無責任で怖ろしく取り返しのつかないものか知ってる 「俺、セイギノミカタとかじゃねぇよ?」 努めて無表情に、ぼそりと云った。 新八はきょとんとした顔でこちらを見上げた後、 いきなりゲラゲラ笑いだしたので、俺は口を尖らせた。 「なんだよ、何が可笑しいんですかコラ」 わかってますよ、とか、何を今更、とか、笑い声の下から引きつったような声が届く。 俺はなんだかむくれて見せたくなった。 ようやく笑いが収まると、でも、と前置きをしてから俺を覗き込む。 「僕の味方、でしょ」 ねえ銀さん。 「なんだ、それでいいの」 目を眇める。覇気のないトーンでそれだけ云うと、 新八は十分ですよと目尻を上げた。 ちらりと見えた歯が、健康そうな白をしていて、ああ子供の歯だ、と思った。 その白もエナメルの質感も今の俺には違和感がありすぎるほど眩しかったけれど、 その違和感は不快な物じゃなかった。 新しい色が俺の細胞を塗り替えていくところを想像して、 俺はなんだかすっぱい気持ちになった。 |