ルクスルクス
新八はあれから万事屋に顔を出していない。お妙に聞いたら、なんでも部屋から出てこないから心配をしているという。色々あるんだよ青少年には、あんま詮索してやんじゃねーぞ、とわかったようなことを言っておいた。何を想像したのか、電話越しにお妙は、やだ銀さんたらフケツなんだから、とか妙なことを言って切った。 たぶん何かしらヅラが絡んでるんじゃないかと思うけれど、あえて追求はしなかった。余計に面倒なことになると思ったからだ。あいつの行動は突拍子もないから想像もつかない。 ひっかきまわされて、乗っかられて、おれのほうがへこみたいっつーの。けれどほとぼりが冷めるまではこうやって距離を置くのも悪くない、というか、それが最善のような気もした。 とはいえ新八がいなければいないで、万事屋ではヅラが我が物顔で家事をしていて、それに神楽も馴染んじゃっているものだからなんとなく落ち着かない。なにこれおれまだ妻帯とかしてないんですけど! 仕事を探してくるといって店を出たが昨今の不景気、そう簡単に見つかるわけもない。心当たりは全部すげなく断られ、堤通りをとぼとぼと歩いているとパチンコ屋のけばけばしい看板が目に入った。 「お、新台入荷?」 ソワソワしてポケットを探ったが、当然ながら金なんかない。しかたねえ、フロア這ってタマでも拾うか。 だしぬけに、ズズ、となにかをすする音が聞こえて、びっくりして振り向いた。 「そういちろうくん」 コンビニのビニール片手に、ジョアをすすっているのはゴリラんとこのドS王子だった。こちらに濁りがないようなあるような眼をじとりと向けてくる。ジョアはオレンジ味だった。そんならいちご味のが好きだな、おれは。 「なに、サボリ?いいねェ公務員は」 嫌味を言いながらちんぴらよろしくガラの悪い歩き方で近づけば、 「休憩でさァ。何がいいたいんで?」 しれっとして上目遣いになる。 「いやね、このノボリ、読めるでしょ」 クイクイと親指で示せば、抑揚なく読み上げる。 「新台入荷。出玉爆発」 「そうそう!男のロマンなわけですよ、そいでね、そういちろうくんも男なら!」 おれはグッと親指を立て、ここぞとばかりにイイウインクをキメてみせる。 「このオレにひとつ賭けてみないか!」 「平たく言うと」 やはり抑揚のない声に問われて、おれは深く頭を下げた。 「金貸してください」 「冗談ポイでさぁ」 くるりと背中を向け、堤に向かって置かれたベンチへとすたすた歩いていく。ちぇ、とつぶやけば、沖田は振り向いて何かを振りかぶった。身構えると飛んできたのはいちご味のジョアだった。わかってるゥ。 「アリガト」 礼を言いながら上機嫌で沖田の後を追い、同じベンチの離れたところに座った。ふたり並んで乳酸菌飲料をすすり、昨日の雨で若干増水した神田川を見やる。柳は風に吹かれて頭上をそよいでいる。 ちらと盗み見た、横顔は誰かに似ていると思った。 「ねえ、沖田くんはさ」 ストローからは口を離さず、目線で促されておれは続けた。 「ゴリラが死んだらどうする」 途端に眼の色が変わり、殺気すらまとって沖田はストローごと吐き出す。 「死にやせん」 「いやだから、もしもの話で」 「死なせやせん。俺が」 低く吼えるような声だった。信念と決意の下からにじみ出るのは恐怖だ。 彼の年が新八とそう変わらないことを思い出して、俺は口を噤んだ。追いつめるつもりなんかない。酷な想像をさせてしまった。 そう、 こいつの目はいつかの高杉に似ている。一点を見て曇りのない、鋭く尖った眼光。いつか別れは来る、もっとも残酷な形で。そのとききっと、かれは近藤が一番望まない形で毀れてしまうに違いない。 おれは新八に、それから神楽に、かつてのおれたちのような思いをさせたくない。だからあまり、おれという存在を食いこませたくない。十年後にはぼんやりと、そういえばあんなやつがいたなと思い出すぐらいにしておきたい。 おれを失うことで狂ったり、残りの人生を棒に振らせてしまうなんて考えただけでもしんどい。 ただ、それとは矛盾したひどく身勝手な願いも、確かにおれのなかにあって、それをおれは持て余している、いつだって。 当時の先生と同じぐらいの年齢になって思う、おれはちっとも大人じゃない。あんたみたいにまっすぐ前を見据えて、指差したほうへと何のおしつけがましさもなく導くことなんか、おれにはできねえよ先生。 あんたみたいになれなかったことに、おれはほっとしている。 おれはガイジンみたいに肩を竦めてみせた。 「ヘンなこと言って悪かったよ」 ごっそさん、とジョアの容器を掲げて席を立つ。 去り際、沖田の少し拗ねたような声が聞こえた。あんたに。 「子ども扱いなんかされたかねえ」 もっともだ、と口には出さず、おれは思った。 101029 |