花と修羅







セックスなんてあっけないものだと思う。僕が何度かぎこちなく腰を振ると、銀さんのそれは中で膨れて、とぷりと精を放った。
他人の肉を受け入れる感触は奇異だったけれど、思った以上にたいしたことは無かった。
それでも確かに僕らはあのときひとつだった。そういう錯覚をできるぐらいには、汗ごしに肌を合わせて鼓動を間近で感じることは気持ちよかった。

首尾はものの二十分でついてしまった。四十分後には僕はもう着物に袖を通していて、銀さんはソファにぐったりと、指一本動かすのもだるいといった態で横たわっている。僕はボックスティッシュを放り投げて言った。
「何ですか、なんか言いたいことでも」
銀さんはショボショボした声でいっそう俯く。
「犯されちゃった」
「はぁ?」
銀さんは、オイとかやめろとかずっと云っていたけれど、抵抗は本気じゃなく、勃起だってどうにかしていたから、合意の上ではあるはずだ。
「失礼な」
「こんな、正気の沙汰じゃねえよ」
ぼそぼそつぶやく、銀さんは自分の顔にべたりと掌を貼り付けた。僕は、でも、と反論した。
「桂さんとはしたんでしょう」
「ばか、戦時中なんかみんな狂ってんだ」
自棄になったような銀さんの言葉は、僕にはてんでピンとこなかった。ソファに片膝をついて顔を寄せる。
「桂さんとしたときはどうだったんですか」
「覚えてねえよ、そんなん」
随分前だ、と、銀さんは言葉を濁した。

「おれがどうかしたか」
「わわっ」
びっくりして背筋を伸ばせば、桂さんがソファの僕らを覗き込んでいた。音もなく入ってくるものだからびっくりする。気配を消すのやめてほしい。
「なんでもねなんでもね、あっ、おれ風呂、風呂入ってくる」
ジッパーも上げないままで銀さんは立ち上がった。それから玄関を飛び出していった。フロ入ってくるって言った癖に。

残された僕と桂さんは顔を見合わせる。
桂さんは先ほどの銀さんの様子で、事態を察したようだった。
「何かわかったか」
銀時のこと。そう言って微笑む唇の赤に、また僕は飲み込まれそうになる。
ああやって身体を繋げて、僕は少し銀さんに近づけたような気がしたのだけれど、桂さんを前にすると僕の中にまたもやもやしたものが戻ってきて、それはセックスする前と比べててんで減っていなかった。

僕は首を振った。何もわかってやしない。どうすればいいんだろう。
「僕は、」
情けないけれど、縋るみたいな声が出た。
「銀さんにとってのあんたみたいになりたいんです、」
言ってしまったあとで、あんまりに明け透けじゃなかっただろうか、と恥ずかしくなった。桂さんは表情を変えることもなく、ふむ、と顎に手を添えた。
「お前に足りないものを教えてやろうか」
そんなことを言うものだから僕はがばと面を上げた。
桂さんは僕と目を合わせると、ゆっくりと発音した。
「諦めが足りない、」

それは、どういう。口を開こうとしたのと同時にどこからかバイブ音がした。桂さんがすかさず懐から携帯電話を取り出す。

もしもし、と言いながら台所のほうへと移動していく桂さんの背中をぼうっと眺めて、内容を聞いちゃまずいと思い至って顔を逸らした。
気を使わなくてもぼそぼそとした声はほとんど拾えなかったけれど、
「相わかった」
桂さんのいつになく真剣な声音に、緊張で頬がぴりぴりした。多分攘夷活動のお仲間からだろう。

「新八君、少し出てくるよ。用事が出来た」
茶の間に首だけ出してそう云った桂さんに、僕は我に返って応える。
「あ、はい」
桂さんは思いついたように眉尻を上げた。
「一緒に来るか」
「へ、」
なんでそこで頷いてしまったのかはわからない、ただ、桂さんの目の色が僕を試すように輝いたので、それで僕は後に引けないような気持ちになった。



桂さんの後を小走りで追う。ぜんぜん早く歩いているようにも見えないのに、小走りにならないとついていけないぐらいの速さだ。
僕に道を覚えられないためか、何度も入り組んだ道を行ったり来たりして、もう自分がどっちの方向を向いているのかさっぱりわからなくなった頃、人一人入れるかわからないほどの雑居ビルの隙間に入り込んだ。おっかなびっくり後を追えば、随分埃っぽいところに出た。ダクトやコンクリートの鉄骨がむき出しになっている建物だらけだ。テナントが入っている様子は無い。再開発でもするところなのだろうか。
足元は悪く、何度も転げそうになりながらついていく。桂さんの歩みにはちっとも危なっかしいところはない。
さらに奥へと進み、廃工場の入り口を潜った。半分ひしゃげたサッシのドアを開け、螺旋階段を下りる。こんなところにアジトがあるんだ。これじゃバレないはずだ。きょろきょろと見回す僕に、桂さんが背中で言った。
「ここは特別なときしか使わない、普段はもうちょっとまともな拠点を使っているぞ」

階段を降りきると、朽ちた柵の閂に鍵を入れる。桂さんが低く声をかけると、奥から男が出てきた。
「桂さん、ご足労ありがとうございます」
ちらと僕のほうに目をやって尋ねる。
「後ろの少年は」
「ああ、問題ない、見学者だ」
それから声のトーンを落として、二人はぼそぼそと話し始めた。
「島だったか」
「はい、……はすでに、……」
会話はほとんど聞き取れなかった。逃しどころが無くて視線を足元に遣る。今になって僕は、場違いなところに来てしまった、と少し後悔していた。
「新八君」
唐突に呼ばれて面を上げると、桂さんは柵の中、明かりの灯っていない通路から僕を手招いていた。

通路は黴臭く、それに混ざって何か生臭いような厭なにおいがした。下水のそれだろうか。
弱った電球の灯りに目が慣れた頃、格子のはまった部屋が並んでいるのを見て取った。まるで、牢みたいな。そこまで考えたとき、桂さんがそのうちのひとつの柵を引いた。
桂さんの隣に並んで、中の様子を伺う。僕は目を凝らした。
部屋の真ん中に潰れたようになっているものを指して、桂さんは何の感情もなく言った。
「この者は内通者でな。こいつのせいで同士が五人死んだ」

よく見れば袈裟懸けに斬られている。死体だ、と脳みそが判断したのと、喉をつんとしたものがせり上がって来たのは同時だった。
押し戻しがたいそれにかられるまま、僕は顔を背けて嘔吐した。食道に絡みつく胃液に咽る。
初めてまともに目の当たりにするそれに、全身を動揺が包む。こちらに向けてぽかりとあけられた虚のような目も、奇妙に歪められた口も、確かに数刻前までは僕と同じように呼吸をしていた生き物で、それが今どす黒い血と反吐に塗れてただの肉塊となっている。その厳然たる現実が思考をぐちゃぐちゃに塗りつぶした。

自分の咳を、桂さんの声が覆う。
「これがごろごろ転がっている、そして明日は自分の身だ。そういうところでおれたちは生きてきた」
お前は違うだろう、それでも、そう続く桂さんの声を、僕はもうまともに追いかけられなかった。体重を支えきれなくなって膝をついた。

白く霞む視界の中、桂さんの着物の牡丹だけがやけに綺麗な色をしていた。戦時中はみんな狂っていると言った、銀さんの言葉が思い出されて僕は喉を鳴らした。
血の色で塗りたくられた、いつ終わるかわからない迷路。生きているということに確信を持つためすがりあった、死への無心の抵抗であったそれと、先ほど僕らがしたじゃれあいのようなそれは決して同質のものではない。彼らの絆は優しいものや温かいものではなく、底知れず冷たく悲しいものから由来しているんだ。

僕が彼らみたいになるのは、この無数の屍を踏みにじらなければならないのか。
潜り抜けなければこうなれないのか。それをくぐりぬけて尚、桂さんや銀さんみたいに笑うことが出来るんだろうか、

僕に?





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モドル