鈍色






なんだか知らないがおとついあたりから、新八の機嫌が悪い。
悪い、というような単純なものではなく、なにかぶつけようのない不満が、けれどおれ相手にあるようで、ぴりぴりしたものをおれに向けて発している。
神楽やヅラがいればそれはなんとなく霧散しているものの、(たぶん、新八もふたりには様子のおかしいところを見せたくないのだと思う)
責めるでも怒るでも失望するでもない、ただ気まずい雰囲気がふたりになると生まれる。なんだかその気まずさがおれはすごく厭だった。


メモを片手にヅラがびしりと敬礼を寄越した。
「それじゃあ買出しに行ってくるぞ」
「桂さん、トイレットペーパーはシングルですからね、ダブル買ってこないでくださいね」
噛んで含めるような新八に、うむ、ともっともらしい返事をして、それからメモをもう一度覗き込んだ。
「あと、この米二十キロというのは」
「二十キロって云ったら二十キロです」
「それから、貞春殿のエサが四十キロというのは」
「四十キロっつったら四十キロなんだよ」
おれと新八があっさり応えると、神楽が勢いよく手を上げた。
「わたし手伝ってやるアル!そんかわし酢昆布買うヨロシ」
「おお、助かるぞリーダー」
「酢昆布代はヅラのサイフから出せよ」
がっちり釘を刺すことも忘れない。神楽にまとわりつかれて出て行くヅラに、新八はさらに追い討ちをかけるように大声を出した。
「シャンプーは大江戸マートとマつキヨと、あと川向こうのスマイルドラッグを比較して一番安いやつ買ってきてくださいよ。足で稼ぐんです、足で」


そうして扉が閉まって、ワイワイ云う声が遠ざかると、新八のメガネが逆光で光った。
ああ、来たぞ。またこのいやなかんじ。

テレビでもつけようとリモコンに手を伸ばせば、思いのほか近いところで名前が呼ばれた。
「銀さん」
ソファの背に手をつき、上半身をこちらへ乗り出した、新八は仏頂面をしていなかった。真面目な話をするときみたいなまなざしだったからおれは思わず居すくんだ。
「なに」
新八の喉がきゅっと鳴る。声は低い。
「僕、桂さんみたいになれますかね」
何ゆっちゃってんの。おれは眉を思い切りひそめた。
「お前まであんなデンパになったらツッコミ不在でこの世界が大変なことになるよ」
「そうじゃなくて、」
新八は首を振って、もう一度聞きなおした。
「僕、桂さんみたいに強くなれますかね」
おれはぼんやり瞬きをする。

どうだろ、どうかな。
まず環境や経験がてんでかけ離れているし、第一ヅラの、柔らかく忍び寄るような太刀筋は新八のそれとは本質のところで違う気がする。こいつのそれはヅラより、おれよりももっとまっすぐでバカ正直で迂闊で向こう見ずで、
だから長じたときこいつがどうなるかなんておれには予想もつかない。

「わかんねえけど。ヅラぐらいならその気になれば」

おれの答えに新八はぎりと唇を噛んだ。そういうことが聞きたいのじゃない。そう訴える目をしていた。大仰なしぐさで面を上げると、事務的な口調で続けた。

「桂さんが真剣握ったのはいつですか」
「へ?」
ええと、初めて隊を組んだときだからあれは。
「初めてひとを斬ったのは」
女を知ったのは。いつからソバ派ですか。次々と質問攻めにされておれはがなった。
「知らねえよそんなん」
本人に聞け、本人に。
ソバは十割派ですか、に続いて、全くおんなじテンションで新八が放言する。
「桂さんと初めてセックスしたのはいつですか」

え、
「いやいやいや」
お前なにそれどういう。
及び腰で後ずさる。すぐにソファは終わってしまってずり落ちそうになった。
そりゃあ遠い昔にそういうことがなかったとは云わないが、何でお前が。何で知ってるの。混乱した頭で口をぱくぱくさせる。ぱくぱくさせながら、軽口を叩いていたらごまかせたかもしれなかったことに思い至る。ああ酷い下手を打った。

新八は黙って袴の前を解き始めた。
銭湯の脱衣所にいるみたいな色気もクソもない脱ぎ方。下から現れるのは筋肉の薄く乗った健康そうな、青年になりかけの少年の身体。刀瑕なんかいくつもない。

「なにこれ、なんの冗談」
引き攣った笑いがみっともなく漏れる、
新八は全く譲らない声の強さではっきりと云った。

「桂さんとしたこと、みんな僕としてください」






100509



モドル