はるかなる






ヅラの作る飯はそこそこ旨かった。いつも大味の新八と比べて、ちゃんと一からダシを取って作っている。こいつは変なところ凝り性だから、なんでもだいたい器用にこなす。

煮物のいい匂いにつられてふらふらと台所に出てきてしまった。
ヅラは背中で、オツなものだろう、とつぶやく。
「なにが」
「うるおいのある生活」
かっぽう着の裾をつまんだヅラにしゃあしゃあと言われて、へっ、と鼻で笑って見せた。
今月は全然仕事が入ってこなかったので正直家賃半分払ってもらって助かってはいるけれどそんなこと言ったところでつけあがらせるだけだとわかっているので、おくびにも出さない。

とんとんとリズミカルに大根を刻んでいく手元。綺麗に幅の揃ったそれを冷蔵庫に寄りかかってぼんやり眺める。
こいつにはなんで剣だこができないのだろ。ちょっと骨ばってはいるが相変わらず女のようなきれいな手をしている。
変わらない。言っていることもやっていることも、なんだか時々宇宙語をしゃべっているみたい話が通じなくなって閉口するところも。
それからたまになんでこんなに居心地のいいやつの隣にいるのをやめてしまったのだろうと、ちょっと勿体ないような気分になるところも。

無言になったおれをいぶかしんだように振り向いたヅラは、
「なんだ、人妻っぽい色気にクラリと来たか」
とかいってかっぽう着の片肌を脱ぐので、おれはギャーと悲鳴を上げた。
「ちょっと!冗談じゃねーよ」
子供もいるんだからそういうネタやめてよ、と騒げば、そうだな、とかっぽう着を直す。
「けれどかれはそんなに子供でもない」
かれ、というのが誰を指すのか、おれにはすぐにわかったけれど、ぼんやりした顔をしておいた。
「俺たちが戦場にいたのもあれぐらいの年頃だっただろう」
そう言われて頷く。そうだ、おれたちが血や泥や怒号にまみれて昼も夜もない生活を送っていたのは、あいつと同じ年頃だった、いやもう少し幼かったかもしれない。
「いい時代になったものだ」
そんなことを漏らすものだから、おれはちょっとびっくりして瞬いた。お前でもそんなこと思うの。攘夷とかしてるくせに。そう尋ねれば、声は滔々と応えた。
「もちろん今の政体には納得などしていない。この国のありようは変わるべきだと思っている。けれど、死人が減るのに越したことはない。俺は信念のために闘っている、そのために命を張ってはいるが、そんなのは道楽のようなものだ。右も左もわからないような子供や、弱者が食い物にされて飢え、命を零し、夢も見られないような、あんな暗雲の垂れこめる時代に比べては、どちらがましかなど自明だろう」
ヅラのせりふは尤もだったので、おれはため息をつくようにああ、と返事をした。

何の気はなしに伸ばした手がヅラの後ろ髪をとらえ、ひとつまみ掴んだ房をつうと辿る。おれのそれとは正反対の、豊かで艶やかな黒。
おれはこの髪の匂いと味を知っている。
一寸先に闇と死と裏切りがあって、血のにおいがずっと鼻腔を塞いでいて。正も邪も覚束なかったあのころ、熱に浮かされるままセックスのまねごとをしたことがあった。今となっては全てが遠い。
遠ざかったことにおれはほっとしている。たぶんこいつも。



「銀、さん」
声を掛けられて振り向いたら新八がいた。こいつにしては悪い滑舌、動揺したような眼の色だった。
ああ、この所為なのかな。ヅラの髪の毛から手を離したら、新八は何かを誤魔化すような、おおよそすわりが悪い笑い方をした。
「物干し場の、クギが、飛び出してて。あの、工具箱、どこにやったかなと思って」
「おれの机の左っかわの引き出しにあるよ。二段目、三段目かな、」
言ってるうちに自信がなくなってきて、
「四段目かも」
おっかけようとしたら、あーもういいですいいです、と手をブラブラ振られた。机の前に屈んだ新八の頭が見えなくなったから、まあいいかという気分になっておれは元の冷蔵庫の辺りに戻った。

間もなく、ただいまヨー、と黄色い声ががなって引き戸が開き、靴もろくにそろえず脱いだ神楽が台所に突進してくる。
「ヅラー今日のメシ何ッ」
流しのふちに手をついて、ぴょんぴょん跳ねながらヅラの手元をのぞく。
「ぶりの照り焼きと筑前煮だ、リーダー」
「オーオ。にんじんはおハナの形がいいヨ」
「そうか。では善処する」
神楽はなんやかやでヅラが気に入っているようで、よくなついている。なついているというか、こいつら頭の程度が似てるから、波長が合うんだと思う。やりとりはまるでガキとボケ老人ってかんじ。

そうこうしていると居間のほうから、
「やっぱりないです」
新八がちょっと怒ったような声を張り上げるものだから、おれはやれやれと呼ばれたほうへと向かった。






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モドル