対岸を臨む





「全くもう、僕ばっかりにおしつけて」
この番組終わってからとか言って、なかなかゴミを持っていってくれない銀さんに痺れを切らし、僕は両手にゴミ袋を引っさげて階段を下りた。カンカンと金属が体重でたわむ音。全く、八時半過ぎたら回収車来ちゃうんだからな。

カラス避けのネットをひっぱって下に押し込もうとすると、すぐ横の路地に何やら大きいものが落ちているのに気づいた。
暗がり、水たまりに漬かって横たわる。朝の陽光にちかりと、赤が反射した。傍に転がる見慣れた笠、それからつややかな黒髪。

僕は引き攣った悲鳴を上げた。
ただならぬ大声に、なんだなんだと銀さんたちがサッシの窓から顔を出す。僕は混乱する頭で指をさして訴えた。

「ぎぎぎ銀さん、桂さんが!」
歯ブラシを口に入れたまま目を細めた銀さんは、桟に寄りかかってちょいと指差した。
「血じゃねーよ、よく見ろ」
「へ」



風呂場から出てきた桂さんはほかほかと湯気を立て、開口一番こうのたまった。
「いい湯だった」
いい湯だったじゃねーよ、と銀さんがわざわざ便所から持ってきたスリッパで桂さんをはたいた。

風呂場で洗ってみれば彼がまみれていたのは泥水で、赤く見えたのはケチャップだった。バカじゃないの。
聞けば昨晩真選組に追われて、逃げ込んだ路地裏に身を隠し、息を潜めていたらそのまま寝てしまった、ということらしい。
「用が済んだら出てけよ。水道代だってタダじゃねえっての」
「ガス代もです」

惰性で出してしまった茶をひとくち啜って、桂さんは咳払いを一つした。
「ものは相談だが、しばらくここにかくまってくれないか」
僕は顔をゆがめて、同じように顔をゆがめた銀さんとアイコンタクトをした。
「ヅラちょっと図々しいアルよ」
神楽ちゃんも刺々しい声を出す。僕はすかさず電卓を叩いた。
「一泊これぐらいなら」
電卓を受け取った桂さんはぽちりとキーを叩いて一桁減らした。
「これでどうか」
「なめんなよ」
思わずドスの聞いた声が出る。僕はボキリと骨を鳴らした。
わかった、そこまでいうなら、と。ため息を吐いた桂さんは浴衣の襟に手をかけた。
「身体で払おう」
片肌を脱ぎかけた桂さんの脳天めがけ、もう一度銀さんがスリッパを繰り出す。このひとすごくタチが悪い。


「冗談だ」
とどこからかわからない弁明をして彼が言うには。
捜査の手が緩んだら支援者と話がつく。エリザベスが迎えに来るまでの間、食費込みで家賃の二分の一持ち。そういう条件で暫し居候が増えることになった。



「ちわーっす。あ」
見慣れない女物のぞうりが玄関に並んでいたので、すわ依頼人かと浮き足立って扉を引けば、
「なんですかそのカッコ」
応接セットに座っていたのは女装をした桂さんだった。僕は気勢をそがれて肩を落とした。かまっ娘のときも思ったけど気持ち悪いぐらい似合っている。神楽ちゃんは背もたれに腰掛け、長い髪をいじってめちゃくちゃな三つ編みにしていた。桂さんはしれっとして応える。
「ご近所に怪しまれないとも限らない。銀時の押しかけ女房という設定で」
「なにその設定!」
「こんな女房やだァ」
銀さんが情けない声を上げる。
「その意気だ銀時。子供が出来たと言って押しかけては見たものの銀時には疎ましがられている。ちなみに妊娠も狂言。心の温度が全くかみ合っていないのに気づかないフリをする女。そういう設定だ」
「重い!ムダに重いよ!」
僕は思わずつっこんだ。
このひととの付き合いは銀さんを通して長いけれど、どうにも得体が知れない。何を考えているかわからないというか。まあでもこのコスプレまがいも好きでやってるんだろうなとは思う。

「僕らはどうなるんですか」
「雇用主の女関係の不透明さにだんだんと信頼関係が薄れていく。積み木崩しだ」
真顔の桂さんに銀さんが吼える。
「やめて!万事屋崩壊しちゃう!」
神楽ちゃんがけらけら笑った。桂さんの手は神楽ちゃんに握られていない髪を櫛で丁寧に梳く。
僕は知っている、あまり筋張って見えないあの手が刀を握るとどれだけの力で風と人を斬るのかを。桂さんは強い。当たり前だ。きっと僕ぐらいの年の頃から、数え切れないほどの死線をかいくぐってきたんだろう。僕はあと何年すれば、このひとと同じぐらい強くなって銀さんの背中を護れるんだろう。
半ば見とれていたら彼特有の曖昧な笑みを向けられて、僕はなんだかもやもやした気持ちになった。






091108



モドル