ティンクルライツ




 「うっさいんだヨ、バカメガネ」
 もういちど、今度はひとりごちて足元のゴミ袋を蹴飛ばした。
 
 銀ちゃんの云うことなら聞く。まあ、大抵は。
 でも、新八だって私と同じ、銀ちゃんのいうことを聞く身なのに。たまにあんなふうに保護者面したり、銀ちゃんの代わりをしようとするのが、どうにも癪に障る。
 
 飛び出してきたものの、まだお腹でもやもやしている。
 これじゃ待てない私がコドモみたいじゃないか。



 銀ちゃんの通ってる飲み屋を何軒か覗いてみたけれど、どこでも今日は来ていない、という返事だった。この街で銀ちゃんは(金払いの悪い客として)有名だし、あんな銀髪どこいったって目立つはず。そう思って私はしらみつぶしに安い酒屋を回った。
 道を行けばすぐぶつかりそうになる酔っ払いの足取り。大声で騒いだり、道端に倒れこんだり。いいオトナがばかみたい。これしか楽しみないのかな。


 百人町の、天人がやってる界隈の店まで来て、やっと目撃証言が取れた。
 「さっきまで飲んでたよ、ここで」
 そういうマダオのほっぺはピンクに染まっている。へらへらしているから皿のあぶりイカを一切れ掠めてやった。イカはだいぶ冷めていた。
 「どこ行ったアルか」
 もぐもぐしながら聞くと、さあ、知らないけど。そう前置きしてちびりとコップを傾ける。
 「海が見たい、ってぼやいてたよアイツ」
 あまりに陳腐で鼻白んだ。マダオはどうせ神田川だろ、と笑った。私もそうだと思う。この街で水が流れているところなんか他には公園の噴水くらいしかないもの。


 路地を出て三叉路を抜ければ、すぐそこに神田川が見える。
 まだこの時間人通りは多くて騒々しい。左右を見渡して、人気のなさそうなほうと進むことにする。

 淀橋から栄橋、伏見橋、名前をなぞりながら登っていくと、末広橋の欄干で見慣れた銀髪を発見した。
 水面をぼうっと眺める、その幽霊みたいな佇まいに、なぜか背筋がぞくりとする。

 「銀ちゃん」
 私は思わず大きな声を上げた。

 銀ちゃんはわずかに身を竦めて、気まずそうにこちらへ視線を寄越した。私を映した目がしぱしぱと瞬きをする。私はすぐ傍まで駆け寄った。
 銀ちゃんの袂を掴む。何故かお酒の匂いはあんまりしなかった。

 「帰るアルよ」
 掴んだ袂を軽くひっぱる。銀ちゃんは瞬きをふたつすると瞼を伏せた。
 うんともやだとも云わない。心の中でキイキイ、爪を立てられたみたいな厭な音がする。
 「あのメガネがなんかしたなら、私がぶっとばしてやるから」
 言い募っても生返事しか返って来ない。どこか遠いところを見る、私を見ない、それが不安で仕方なくなった。

 「銀ちゃん、帰ろうよ」

 自分でも驚くほど頼りない、駄々っ子みたいな声が出て、私はとっさに自分の口元を塞ぐ。

 銀ちゃんは、ちょっとだけ目を見開いて、それから細めて、ああ、と呻いた。
 目尻を下げてへらっと笑う。いつもの、掴みどころがなくていいかげんな笑い方。
 私は現金なことに、それでとたんに安心したような気分になってしまった。


 「もうちょっとだけ、見てていいか」

 こんなのどこが楽しいの、とは思ったけれど、聞きはしなかった。
 もう銀ちゃんはいなくなりそうじゃなかったから。気が済んだら私と一緒に帰ってくれそうだと思ったから。

 銀ちゃんと並んで欄干に手をつき、私も水面へぼんやり目をやった。
 澱んだ、水位の低い川にはちらちらと対岸の電飾が映って、じっと見ていたらなんだか悪くない気もしてきた。黄色やブルーやピンクが、節操なくゆらゆら光る。

 「キレイね」
 口に出せば言い過ぎのような気もした。ああ、という、銀ちゃんの相槌はどこか優しい。
 私の目に映っているのが銀ちゃんと同じものか、どうしたって知ることはできないけれど。








モドル