らいかろうりんすとうん








「おや、珍しいね」
振り向いたお登勢は煙管から口を離して、云った。
「コブはどうしたんだい」
おれはどんよりした頭でぼそりと答えた。
「あいつらならお妙が」
確か焼肉を食いに行くとかで、それで俺は胃が痛いとかそんなようなことを言って断ったんだ。
ああもう話の半分だって聞けちゃいない。

おれは店の一番奥まったスツールに座った。濃い緑の別珍は擦り切れていて、すわり心地はお世辞にもいいとは云えない。
水割り、とだけ言う。酒ならもうなんでもよかった。間もなくカウンターに出されたグラスを掴んで口元に持っていく。

お登勢はちらと一瞥をくれ、髷を少し直して背中を見せた。
何があったなどと追求する気もないらしい。

この女から見ればおれだって坊主だ。今はまだ、子ども扱いされているほうがいくらか気が楽だった。
そういえばいつからおれはガキじゃなくなったんだろう。特にこの街なんかでは、おれなんざまだまだガキだとついこの間まで思っていた気がするのだけれど。
でも確かに今、あいつらとおれは別の種類の生き物で、
無駄に重ねた年齢と無駄に奪ったいのちと、それから一人で過ごした夜が、おれにおとなを演じるだけの義務を課している。


店の喧騒、下世話な会話を背中で聞く。そちらに意識を飛ばそうとするのに、あいにくなにも頭に入ってこなかった。ちびちびと啜る、安いアルコールが喉をじりじり炙る。
氷が酒に溶け、琥珀色がゆらゆらと湯気のように漂うのを眺めていたら、唐突に頭の中がひっかきまわされたみたいな気分になった。


五杯も煽ったあたりだろうか。
「呑みすぎじゃないのかい」
咎めるでもなく、呆れたような声をかけられ、おれは返事が億劫で俯いた。ぼりぼりと頭皮を掻く。

お登勢は煙を薄く吐く。普段ギャアギャア煩いから、と笑う。
「ひとりは堪えるだろ」
「よせやい」
かぶりを振る。ぱさぱさと頬にかかる前髪が鬱陶しい。
おれは低く唸った。
「ひとりのほうが気楽だ」

おかしな事をお云いだね、とお登勢は顔をくしゃくしゃにした。
「とてもそんな顔にゃあ見えないけどねェ」

そんな顔。どんな顔だ。
別段顔に出ているつもりもなかったけれど、拳を額に持ってきて半分を覆った。


いくらなんでも、あいつらにいつまでも子供である事を求めていたわけじゃない。
姿は変わる、背は伸びる。血の匂いを纏って、心に闇を飼う。

それでも。新八に救いを、神楽に安堵を。
三人の間のバランスは変われど、同じような密度でいられると、おれは漠然と思い込んでいた。

離れそうになったら手を伸ばしてくれて、
多少見苦しくてもお互いを縛り付けて、そうしてのらりくらりと行くのだと、いつの間にかおれは信じてしまっていて、


なんて苦々しい。そこまで考えて、おれは自分の傲慢さに息が苦しくなった。
こんなに自分を持て余すほど、おれが我慢がならないのは、
あいつらのいちばんがいつかおれじゃなくなるということだ。

裏切られたと思ったのは、きっとそういうことなんだ。



お登勢は酔客に呼ばれてカウンターの向こう側へと去った。

グラスを握り締めていた手が冷たさに痺れているのを、人事のように感じる。
おれを取り巻く孤独が、みしりみしりと音を立てる。

慣れきっていたはずのその音が、おれの袖口にどんどんと鳥肌を作っていった。






081101



モドル