ありがとう








ぱんつくらい自分でしまいなよ、ぶつぶつ呟きながら洗濯物を畳んでいた新八が、思い出したように云った。
「そうそう、今日はおふとん干したから、ふかふかだよ」
聞くなり、テレビを見ていた神楽の背中がぴくんと伸びる。


キャー、と黄色い悲鳴を上げて和室に突進する。
「あっ、コラ神楽ちゃん!」
早速ぺしゃんこになるだろコノヤロー、雄たけびに近いドスの効いた声が追いかけて、ばたばたと足音が部屋を縦断する。

おれは眉をひそめてジャンプから顔を離し、立ち上がった。
「お子さんたち、エキサイトするのはいいけどね、ババァに怒鳴り込まれちゃうから」
ちょっとお手柔らかに、のところで枕が飛んできておれは舌を噛んだ。しこたま噛んだ。
「の、や、ろ」
回らない呂律で毒突き、涙目で振りかぶる。
「チクショーおれの剛速球受けて見やがれ!」
渾身の一撃は見事新八の後頭部を捕らえ眼鏡が飛んだ。やんやと歓声を上げて喝采する神楽に、新八が鬼の形相でこちらを振り返る。


結局お登勢が下の店から怒鳴り込んでくるまで、和室は枕が飛び交う戦場と化した。




干した布団に寝る権利は僕にあります、とよくわからない理由を付けて、結局新八は泊まっていくことにしたらしい。
はしゃぎ疲れた神楽も押入に戻らずにべたりと大の字になっている。
いつもは広く感じる八畳も、三枚布団をのべるといっぱいになる。川の字なんて久しぶりだ。

最後に風呂から出てきた新八が、蛍光灯のヒモをひょいとつまんだ。
「消しますよー」
無造作にばちん、とひっぱる。目の前がバツンと暗くなる。
「ちょ、二回ひっぱって!豆電球にして!」
急に跳ね上がる心臓を抑えながら訴えたけれど、
「うるせーテンパ」
「どんだけー」
ステレオで無下にされる。

おれは喉を鳴らして唸った。ちくしょう、こうなるのがイヤだからいつもはおれが制空権、とかいてでんきのヒモ、をいち早く握るようにしていたのに。油断した。
こんなに暗いと出そうじゃんか、その、ナニが。
「銀ちゃんコワイアルか」
「ばばばか、そんなことねーよオメオレが一体いくつだと」
「そんなにどもられると突っ込むのも可哀想になるんですけど」
呆れられたところで胸に置いた掌を離せないでいる。と、にゅ、と伸びてきた体温がいきなりおれの指を二本握った。
「ヒッ」
思わず情けない音が漏れる。ケラケラと声は笑った。なんだ、神楽か。びっくりさせんじゃねぇよ全く。
「手ェ握っててやるカラガマンするヨ」
「なななにを偉そうに」
「お礼は」
アリガトウゴザイマス、棒読みで云えば暗がりで神楽がニカッと笑った。見えなかったけど多分そういうふうに笑った。

しゅ、と衣擦れの音。逆のほうを向いた神楽が、
「仲間はずれで寂しいカ?」
と新八に振る。ちょっとムッとしたような間があって、やっぱりそういう声で新八が答える。
「寂しくなんかねーよ」
神楽はヘヘヘ、と意地の悪い呉服問屋みたいな笑い方をして、それから鼻を鳴らした。
「今日は特別に新八のも握ってやるアル」
「……ありがとさん」
あきれたように、でも満更でもなさそうに新八が礼を云った。
「別とこまで握らネーかんな」
「ちょ!神楽ちゃん!そういうネタ禁止!」



はしゃぎ声が段々と低くなり、ぽつぽつ続いていた会話が途切れる。その下から居間の時計の音が浮かび上がる。指先で一つになる体温と同じ速さで、暗闇に目が慣れていく。

寝ているといいと願いつつ、おれは喉を低く鳴らした。
「新八」

視線が天井を行きつ戻りつした頃、少し掠れた声が返ってきた。
「なンですか」

指を握る小さな手はじっとしている。
神楽はちゃんと起きている。
だからおれは新八に訊いた。
「まだ苦しいか」

「んーん」
あまり間髪を入れず、なんでもなさそうな返事を寄越す。
おれは神楽の手をそっと握り返した。


おれたちは息を潜め合って、それぞれやさしい嘘を吐く。
そうして、ふたりがひとりに付けてしまった疵が塞がるのを、辛抱強く待つ。



神楽を掠めた熱と、
新八を焦がした熱と、
あのとき、おれの心臓をふさいだ熱が、
このやわらかな闇に埋まって、ゆっくり死んでいくまでを、
ここで、じっと待っている。











モドル