そして憶えていること







居間のほうから大きなあくびが聞こえてくる。
「なあ、新八」
呼ばれて食器を拭く手を止めた。
さっきまでジャンプ読んでたはずだけど、飽きたのかな。
ふきんを干し、皿を重ねて戸棚に入れる。

「なんスか、忙しいんですけど」
「なに、このマル」
銀さんは壁にかかった豊後屋酒店の、日めくりカレンダーを指して云った。
朱筆が十の字を囲んでいる。

「なにって、あんたの誕生日でしょ」
「おれの?」
「十月十日って云ったじゃないですか」
そんなこと云ったっけ。ぼりぼりと頭を掻く。
定春をじゃらしていた神楽ちゃんが顎をぐるりと回して、呆れたように鼻を鳴らした。
「銀ちゃんもうボケたアルか」
んー、と曖昧に唸りながら鼻の頭を引っかいている。ああ、ほんとに覚えていないんだ。さもなければ知らない、のかもしれない。
思い返せば、誕生日いつですかと聞いたとき、出まかせっぽい口調だった気がする。

生まれた日を記念日にして、毎年祝ってもらえるのが普通だと、僕らは思って生きてきたけれど。もしかしたらそれは彼には望むべくも無い贅沢だったのかもしれない。
僕には想像もできないけれど、誕生日を教えてくれる人が誰もいなかった、のなら。


「んなもんいつだっていいじゃんか。第一歳だってよく覚えちゃいねェってのに」
「サエバリョウ気取りアル」
思わず吐き捨てた。
「サエバリョウってツラかよ」
「新八くん辛辣!」


やたらと命汚いかと思えば、時折びっくりするほど自分に無頓着だ。
放っておくと一日中甘いものばっかり食べてる。
僕が来る前はどんな生活だったんだろうと考えるとちょっとぞっとしない。

生き残るために、生き延びるために。
このひとはいろんなものを落っことしてきた。
落としたならいっこいっこ拾えばいい。僕がこのひとに会っていろんなものを拾ったみたいに、このひとだって僕や神楽ちゃんから拾えばいいんだ。

このままごとみたいな家族ごっこは、そのための場所なんだから。



「祝ってくれる人がいるなら、誕生日はあったほうがいいでしょう」
歯を見せる。神楽ちゃんも僕の真似をした。
そうかな、だなんてぼやくから、そうですよ、と胸を張る。


ふと思いついたように瞬きをして、銀さんはいきなり張りのある声を出した。
「ねェ、新八くん、今晩ケーキ出てくる」
「まあそういうことも」

あるかもしれませんね、云ったら銀さんはニタリと笑った。



可愛くない笑顔に免じて今日は、
生クリームの乗っていないレアチーズケーキでも買ってきてやろうと思う。






モドル