いたいくるしいエンプティ





私は私の頭の上で行き交う会話を、寝転けたふりをして全部聞いていた。
新八には気取られていなかったと思うけれど、銀ちゃんにはどうだかわからない。

苦しい、と息を詰まらせる新八の声を聞いて、お腹の中から殴られたみたいな錯覚がした。
苦しいのは伝染する。そんなことも私は初めて知った。



「ごちそうさま」
空のお茶碗をテーブルに突き出す。
新八と銀ちゃんは目を丸くして私を見た。
「ど、どうしたの神楽ちゃん、まだ三杯目だよ」
「どうもしないアル。ごちそうさまヨ」
「どこか具合でも悪いの?」

新八はお茶碗とお箸を置いて、中腰になって私を引き留めようとするから、
「メガネウザイ」
と一蹴してさっさと押入れに引き籠もった。
いつもならここでキレる新八も、今日はそれよりも心配が勝ったのか、声を掛け倦ねながらも押入れまで追いかけてきた。

「風邪かな。熱があるんじゃない?」
新八は随分うろたえて、めげずに体温計だのなんだのを持ってきたけれど、みんな襖でシャットアウトした。


「ど、どうしたんでしょう、銀さん、お医者呼んだ方がいいですかね」
とりつく島もない私に肩を落とした新八が、襖の向こうで銀ちゃんに話しかけるけれど、
(考えてみたらごはんの量がちょっと少なかったからくらいでここまで心配するなんてレディに失礼だ)銀ちゃんはあーとかうーとか答えるだけだった。





私は襖に背を向けて布団を被って座って、ちかちかする頭で考える。

新八は私のことも大事だと云う。私と銀ちゃんが同じくらいに大事だと云う。
それでも銀ちゃんを想って、あんなにあえかな声を出す。
あんな声を出す新八が厭なのか、その相手が私じゃないのが厭なのか、でも新八がスキなのが私だったらいいのかというと、それも違う気がする。
ああ、なんだかわけがわからない。

ただ、私たちの間の気持ちがみんな同じじゃないことは確かで、
そんなの当たり前のことで、一度だって私たちの気持ちが同じだったことなんてないのだろうけれど、
同じじゃない、ということを思い知らされてしまったのが、私にとってすごくショックだったのかもしれない。
ひとりが二人を好きなように二人もひとりが好きだと、できればいつまでも思っていたかった。




ごちゃごちゃ考えているうちに、少し寝てしまっていたみたいだった。
布団を退けて首を回して、居間の方を伺う。
蛍光灯の灯りが漏れ出す隙間から見遣ると、新八の姿はなかった。
テレビのほうを向いている銀ちゃんの後ろ姿だけが見える。


「神楽」
いきなり話しかけられたからびっくりした。
銀ちゃんは時々こういう、後ろに目が付いているみたいなことをする。

私は返事をする気はなかったけれど、お腹がかわりに答えてしまった。
意地を張った手前真っ赤になる。でも、銀ちゃんは笑ったりしなかった。
「新八が余った飯でにぎりめし作って帰ったから。後で喰え」
見透かされていたのも癪だ。私はありがとうも云えずに俯いた。

「ダイエットにゃまだ早いぜ」
「…そんなんじゃないアル」
やっとのことでそれだけ言い返す。声がどうしてもふて腐れたようになるのが悔しかった。

銀ちゃんは長いこと黙って、テレビの笑い声の下から、ぽつりと云った。
「…新八のアレはさ、はしかみたいなもんだから」
「、そんな言い方酷いアル」
私はかっとなって声を荒げた。
あれだけ真剣なのを、そんなふうに茶化すのはあんまりだ。
「はしかだよ」
今度は私に口を挟ませずに続けた。
「お前がオレに惚れても、オレがお前に惚れても、はしかだ」

「はしかでなくちゃならない」
「そのはしかはどうすればいいの」
「治るまで待つ」
「待っても変わらなかったら?」
「治るさ」
その口ぶりが、大人が子供を諭すようなものだったから、私はすごく厭な気分になった。

「わかったようなこと云う銀ちゃん嫌い。割り切れないことがいっぱいあるの知ってる癖に、割り切ったこと云うの、嫌いヨ」


銀ちゃんはちょっと笑って、そうだな、すまん、と謝った。
それから何度も頭を掻いて、言いづらそうに息を吐いて、呟いた。
「…おれはさ、お前も、新八も、手放したくねぇんだ」
それだけなんだ。そう言って黙り込む。


どうしてそれを、私の目を見て云わないの。

ずるい。銀ちゃんはずるい。

新八の気持ちをはしかだという銀ちゃんも、自分の気持ちを同じじゃないのに同じだという新八も、
優しくて、優しいから同じだけ、ずるい。



耳の後ろでキーンという音がした。私はこれから鼻の裏を駆け上がってくるものを警戒して、襖をがたがた閉めてもう一度布団を被った。
お腹がもう一度ぐうと鳴いて、そうしたらぼろぼろと涙が零れてきて止まらなかった。







モドル