ゆびきりげんまん
セックスはそんなにスキじゃない。 ほんとは肌を合わせているだけでいい。 (まあひっついてたら流れとか成り行きとかそういうので大体は事に及んでしまうのだけど) 自分もこいつも追い込んで口からうわごとを押し出して、 そのうわごとがうわごとだと判っていてもそれに酔っぱらって腰を振って、 オレたちは滑稽でしかたない。 でもそれよりもなによりも、 裏返った声で名前を呼ばれると腹のいちばん重い部分が苦しくなるから、 ほんとはそれがあんまり好きじゃないんだ。 肩に羽織だけひっかけて、片膝を立てて。 紙巻きの煙草に火を付ける仕草が、やたらと堂に入ってしまった。 「新八君、タバコは控えめにしなさいよ」 オレが教えたようなもんなのに、世話無いなと思いつつ。 新八は口から薄い煙を一房吐くと、こちらに一瞥だけくれた。 「こんな時くらいしか吸わないから大丈夫っスよ」 「その甘い認識がだな、命取りで」 オレはムッとして匍匐でにじり寄った。シーツが腹で冷たい。 「止めようと思ったときには止められなくなっちまうんだぜ」 人生ってのはやりなおし効かねぇんだから、とくどくど続けると、 そんなおおげさな、と片頬で笑ってから やりなおせないことなんて何もないのにと呟いた。 オレは苦く口の端をゆがめる。 「やっぱガキだな、お前」 それは正反対でむしろこの世には やりなおせることなんか何もないんだ。 それを思い知ってからずいぶんと生きるのが楽になった。 「時間は戻らねぇだろ。やりなおしきかねぇだろ。みんなひきずってくしかねぇんだよ」 ズルズルズルズル、みっともねぇったらねぇ。 俺のなかの膿みたいな過去は 罪も恥もしがらみも全部区別が付かないほどない混ぜになっていて 俺が殺したいくつものいくつものいのちや気持ちは 朽ちても消えずに全部腹の底に溜まっている。 過去は振り切りようがない。未来はなおさら手に負えない。 だから今だけを見て足掻く事に決めた。 新八は灰皿の上で薄赤を揉み消した。 ガラス玉みたいな目が肩越しに、オレをじっと見る。 「結局銀さんはさぁ、誰も信用してないんですよ」 胸は隅っこの方でちくりとした。 「なんだ、そりゃあ」 つとめて呆れたように云うと、膝が向き合う。 「じゃあ僕と指切りできます?」 ぴっと一直線にこちらに差し出された小指に、オレの腰は無意識に退けていた。 「何の、指切りだよ」 「何でもいいから、指切り」 腰はもっと逃げた。冗談じゃないと思った。 約束をするという事は未来を縛るということだから 自分と相手を信じるということだから そんなおっかないことできっこない 二度強張った瞬きをすると、新八は腕をぱたんと下ろして、勝ち誇ったみたいに云った。 「ほら、できない」 こんないびつなおれたちなら尚のこと、指切りなんて怖くてできない。 オレは言葉を探して唇を舐めた。 でも何を云ってもへたくそな言い訳になりそうで、どう云えばいいのかわからなかった。 新八はふいと顔を逸らして、半分あぐらをかいて、 それから不機嫌そうに口を開いた。 「裏切ったらオマエを殺してオレも死ぬ、くらい云えばいいんですよ」 オレを掠りもしない視線はまっすぐ前を向いていた。 「あんたが何に怯えてるのか僕にはわからないけど」 僕は怖くなんかない、と。 怖くなんかないと、そう云った。 言葉はオレの耳元で渦みたいに巻いた。 片頬からうなじまでびりりと駆け抜ける鳥肌にオレは眉をひそめて耐えた。 新八の声は強い。鼓膜がじんじんする。 「あんたに斬られる覚悟くらい出来てます」 「、どんな殺し文句だ、それ」 掠れた声が出た。眉間がきりきりする。 どんどんぼうっとしてくる頭が、オレのしがみついてるとっかかりすら消し去ろうとする。 口を真一文字に結んだ新八の輪郭が、ぼやけて崩れていくような予感がした。 傷付く事を恐れて傷付かないためにそぎ落としてきたたくさんのものが 今になってこんなにオレを苛む。 こいつはそれを、青臭くてバカ正直で譲る事のない堪らなく懐かしいものを 手に余るほど持っていて、 おまえがそれをわけてくれるなら オレはもう一度指切りができるだろうか? |