泡沫ヒロイズム









「新八ィ、いい気になってんじゃねーぞオメ」
「あっ、神楽ちゃんお酒飲んだでしょ!」
「強いのは銀ちゃんであってお前はちっとも、ちーっともカッコヨクないんだからな」
「はいはい、いいよべつにかっこ悪くて」
「ワタシの話を聞けー」
「聞いてるじゃねーか!何この酔っぱらい」


酔っ払った神楽とそれをいなす新八の会話をバックに、お登勢は紫煙を吐いた。
「そうかい、そりゃあ一大事だったねェ」
「筋金入りのシスコンとブラコンだからな。もう泥沼よ」
低く笑われて、おれも口元を緩めて見せる。
「まあなんだかんだで、成長してるんだろ、あいつも」
ちらりと新八に目を遣ったお登勢にそう云われて、おれはくすぐったいような嬉しいような、ほんの少し寂しいような、複雑な気持ちになった。曖昧な相づちを打ってグラスを煽る。


そうあいつは出逢った頃から比べると随分変わった。
譲れない気持ちと、力と、それに伴う自信と、が、あいつの瞳をどんどん強くしている。

はじめ、おれにあこがれるとか大丈夫かこいつ、と思ったけれど。
そこまでバカじゃなかったらしい。
あいつが見てるのはおれじゃなく、こんな中途半端な生き物じゃなく、おれの『望み』だ。
おれを通しておれの理想を、おれがこうありたいと思っている姿をちゃんと嗅ぎ取って、
それを自分のものにしていくのだろう。

たぶんあいつはおれなんかよりよっぽど出来た男になる。

弱さを思い知ってそこから這い上がって、
おれみたいにやぶれかぶれじゃなく
おれみたいに仕方なしにじゃなく
自分で選びとってあいつはヒーローになるのだから。


あいつはおれの幻なんかじゃない。


「お代わり」
氷だけになったグラスを差し出すと、飲み過ぎんじゃないよ、というセリフと一緒に乱暴にボトルから酒が注がれた。多少零れたところを拭って、指を舐める。

「目と目合わせて、それだけでわかったようなふりするアル。だから男はキライヨ」
後ろでがなっている神楽のせりふが、不意にそこだけ鮮明に耳に入って、おれは笑うに笑えなかった。



たとえばあさっての方向を向いてボールを投げて、それをあいつが受け取ったとする。
たとえば二人三脚でどっちの足から踏み出すか相談しないで、走り出しても転ばなかったとする。

それは常にギリギリの線で保つ馴れ合いだ。

たとえそれがごっこだったとしても、たとえほんとはお互いのことなんかこれっぽっちもわかっちゃいなくても、
一から十までわかっているふりをする。背中を預けて、振り向かない。

アルコールが喉を灼く感触に不意に咽てしまいそうになって、のどでかみ殺した。



「やっと寝付きました」
誰ですかあのこにお酒飲ませたの。ぶつくさ言いながら新八がおれの隣に座った。
「俺じゃねーよ」
「銀時の飲み残しもってってたよ、あの娘」
「間接的にあんたじゃねーか!」
もっと保護者としての自覚をだな、わかったような説教を垂れながら自分のグラスをちびりとすする。
つーかおまえも未成年なんですけどね、まあお妙も飲ませてたみたいだしいいか。


神楽はソファで寝息を立てている。キャサリンはカウンターの端で煙草をふかしている。
店の中には入りの悪い深夜ラジオの音だけが籠もって、おれの瞼を重くする。手の中のグラスがカランと鳴った。

「…銀さん」
頬を赤くして、伏し目がちになった新八がこっちを見ずに口を開いた。
「今回はいろいろ」
「ばっか、おめ、礼とかそんなん」
照れくさくて遮った。改まったありがとうなんか聞きたくない。全部言い切る前に、やっぱりおれのせりふに被せるようにして新八が続けた。
「水臭いから云わないですけど」
ぐ、と言葉に詰まって唾を飲む。新八の声は軽やかに続いた。
「あんたが来てくれて、嬉しかったよ」

「、ばっか」
カウンターにどっかと肘を突いて、明後日を睨んだ。
「当たり前だろ」
「ですよね」
意地でも顔は見たくない。でも新八の声の調子で、どんな表情をしているか大体予想は付いた。


「なんだィ、お前ら、ガラに合わずいい顔してるじゃないか」
お登勢はおれたちを見比べて、からかうように云った。

ふっと、触れるだけの目配せをして、それから眉を寄せて、歯を見せて笑った。多分新八もおれと同じ顔をしていると思った。それは確信に近かった。




どこまでがおれに義務付けられている「あたりまえ」なんだろう?
たとえばこいつがおれから吸収しつくしてしまって、おれよりでっかい男になって次の目標へ巣立っていこうとするとき、
おれはこいつを今と同じ顔で笑って送り出してやれるだろうか?

そんな自信なんて、とてもない。


目を閉じて祈るように思う。
せめて。せめてあともう少し。
おれはこいつよりも強くいたい。








モドル