感情発火装置
大の大人をひとり抱えたままだと戸を開けるのもままならない。左の肘でどうにか開けようとしたけれど左腕から力を抜くとバランスが崩れて僕まで倒れてしまいそうだったので、致し方なしに足で戸を引いた。ガラガラいう音がやたらと響いて、階下のお登勢さんに聞こえてやしないかとハラハラした。 「ホラ、着きましたよ」 「うーん、あと五分」 「五分じゃない!アンタの家ですって云ってんだよ!」 怒鳴っても身体はぐでんぐでんで、いっこうに力が入る様子はない。 「さっさと靴脱げ酔っぱらい」 中途半端なところで止まっていたジッパーを下げて、ブーツをかたっぽずつ抜き取る。 支えきれなかった上体がバタリと玄関に倒れ込んだ。 僕はうんざりして、よっぽどこのままほおっておこうかと思ったけれど、出がけに和室に布団を敷いてきたことを思い出して、しゃくだから最後までひきずっていくことにした。 「ほら、布団までもうちょっとですから」 腿をぱんぱんと叩いて促す。 うーとかふーとか云ってようやく持ちあがる上半身を引っ張って起こして、あと十歩の距離をのろのろと歩いた。 カチンとヒモを引っ張ったら蛍光灯の光が部屋をわざとらしく照らして、やたらと眩しかった。僕は布団の位置だけ確認すると銀さんを降ろして、もう一回ヒモを引っ張って豆電球だけにした。 「しんぱちー」 畳に座り込んだ銀さんがふにゃふにゃと僕を呼ぶから、やれやれと思いながらも傍に腰を下ろした。 「何すか」 子供みたいな仕草で僕に抱きついて、鎖骨のあたりに額を押しつける。 「いいにおい」 「はいはい」 なんだかなぁ、と思いつつ載せられた頭をなでる。 なでたら、銀さんが弾かれたようにいきなり顔を上げた。 「な、しんぱち」 酒臭い息がすぐ頬の横で吐き出されて、 僕はその生暖かさにぞくりとした。 いつもの表情の読めない目で、げっぷの後にぼやけた声でつぶやいた。 「勃起しちったっぽい」 一呼吸遅れて、心臓が、どっどっ、と早鐘を打ちはじめる。 くだらない。と突き飛ばして終わりにするべきか。据え膳は食べるべきか。 僕の中におぼろげながらずっとあった、このひととつながりたいという衝動がじくじく疼いた。 それに気づいてか気づかないでか銀さんはずっと僕じゃ勃たないと牽制球を投げてきてたのに、酔っぱらって自分から言い出すなんてこのひともほんとに馬鹿なひとだ。 「そんなに酒入ってて勃つんですか」 あきれたように嗤ってみせたら、すねて唇をとがらす。 突き出された唇に黙って噛みつく。当たり前だけど咥内は安い酒の匂いでいっぱいだった。 舌を探って、肉を吸い上げて、なめ回す。キスというよりは根比べみたいになった。 わざと立てた音は頭の中でぴちゃぴちゃ響いた。 時折漏れる甘ったるい吐息がどっちのなのかもよくわからない、どっちのなのかわからない、ということにやたら興奮した。 銀さんの背中に腕を回して、ひっぱったら簡単にこっちに崩れた。後ろが布団なのに背中に畳の感触がごつごつして痛い。今度この布団ちゃんと干そう、と頭の隅で考える。 袴の付け根から入れられた手が、ぎこちなく太股の辺りをはい回る。 僕はじれったくて布越しに銀さんの手首を掴み、自分の股間に持っていった。 「うわ、ッ」 こわばる指の感触に布越しに刺激されて、思わず声が出た。 「…ノリノリじゃねーか」 銀さんはふてたようにつぶやいて、下帯をめくって指を進入させてきた。 動きは相変わらず不器用そのものだったけれど、僕のそこをつかんでいるのが他人の手だと思うと、銀さんの手だと思うと、いいようのない高揚感みたいなのが僕を下から突き上げる。すぐにも達してしまいそうになって奥歯をかみしめる。 ぬめりをたどって、いきなり指が後ろを探ったから声がうわずった。 「ひゃ」 「ここ、入んの」 聞いてくる銀さんは豆電球の下、神妙な顔つきだ。かきっこくらいで終わるのかと思ってたから僕はびっくりして聞き返した。 「え、入れるんすか」 「はいるんなら」 入れたい、といった銀さんの顔がやたらせっぱつまっていて、 考えてみたらずいぶん間が抜けたセリフなのになんでか胸がきゅうっとした。目を開けていられなくてすがめた。 冷えた空気にさらされて縮こまったそこに、ろくに慣らしもせずに弾力のある粘膜が添えられた。 「ん、うぅ」 銀さんは力任せに腰を進めてくるしかしない。大きく息を吐いて、腹からできるだけ力を抜いたら、先端がぐずりと割って入ってきた。 「、く、」 抜き差しはたどたどしかった。胸のあたりまで持ち上げられた膝がぎしぎし軋む。不自然にのばされた筋肉がひくひく笑う。 でもさっきから手を添えられただけの僕自身はちっとも萎えていなくて、結合部から立つ水音に僕は確かに高ぶっている。 僕はずり上がって目の前にある着物の襟を噛んだ。体の痛みと軋みが胸のそれとひとつになって、頭の中が焼き切れそうだ。 明日になったら銀さんは言い訳をするだろうか。僕はなんにもなかったふりをするだろうか。 からだだけこんなふうにぎこちなく繋げてみたところで僕らは何にもなれやしないのに。 それでもとめどなく溢れてくる充足感を、 銀さんの一番近くにいるような錯覚を、僕は振りきる事が出来ない。 銀さんは歯を食いしばって、一心に自分の快楽を追いかけている。 僕は揺さぶられながら、ずいぶん残酷だと思った。きっと僕のことなんか見えてない。でもそれでいい。電気を消していてよかった。しらふだと思ったらやりきれない。 荒い息の下から名前を呼ばれて、それで体温がどくりと上がって僕は出し抜けに果ててしまった。 中でぎゅうと筋がしまって、銀さんも息をのんで腰をふるわせた。 脱力した体重を受け止める。汗でしめった肌の重さは不快じゃなかった。 頭の中の白い霧が晴れて行くにつれ、単純な自分の体の反応に嫌気がさした。名前を呼ばれただけでいってしまうなんて。そりゃないよ、と思った。自分の体にまで裏切られたみたいな気分になってひどく切なかった。 ふわふわとした銀髪ごしに豆電球の明かりが滲んで、僕はきつく歯を食いしばった。 |