朝までなんぼ







咆吼のようなかなしい耳鳴りがする。



泣いているのは十五の俺だ。
うちひしがれる俺だ。
無力だと思い知っていなかった訳じゃないそこまで俺はうぬぼれていた訳じゃない
ただみんなが消えてしまって淋しくてそれで俺は泣いている。

雨が多分血の雨が降っていて、
淋しい俺が吠えている


そんな夢を見た。






軽く鼻をすすった、その音でうつつが戻ってきた。
明け方は嫌いだ。
隣で寝息を立てる新八に気取られないように息をひそめるけれど、乱れた呼吸はなかなか元に戻ってくれなかった。

衣擦れの音がして、新八が小さく呻いた。
息を吸いこんだら鼻水がひどい音を立てたので、俺はとっさに口元を押さえた。

「…泣いて、る?」

やばい。気付かれた。
「ねえ銀さん、ちょっと」
肩を乱暴に揺すられる。デリカシーのないやつめ。
「るせえな、アレだ、その、なんだ、」
情けなくも声は裏返ってしまっていた。


こわい夢見たんだよ。
それだけ舌を噛みそうになりながら早口で云ってふとんごと背を向けた。

「こっち見ンな」

背中越しにも、動揺しているのがわかる。
いいから早く寝ちまえよ。明日には平気な顔して何もなかったみたく振る舞ってやるから。
眉間に手の甲を押しつける。

ふわりと、降ってきた体温が髪にかかって、
俺は一瞬、身体をすくませた。

「こわくないですよ」
赤ん坊を撫でるみたいにおそるおそる動くそれが指先だとわかって、
額が熱くなって割れるかと思った。
「僕、ついてますから」

それで俺は、よせばいいのに手をどけて、

覗き込んできた目に捕まってしまった。







唾を飲む苦い。
ちくりちくりと引きつる。
もう誰に付けられたかも忘れた大小様々の刀傷が着物の下でいきものみたいに疼く。
汗が触れあった肌できちり、きちりと鳴る。
新八が俺の身体の下、のどで啼いた。


別に好きだからとかそういうのじゃない。そんな確かな理由付けなんてない。
全てをうやむやにしようとしたらなぜかこうなってしまっていた。
俺の日常は既に霞みすぎていて愛だの恋だのそんなあざやかなもんが割り込む余地はない。
余地なんかない、はずなんだ。


ひとはみんな、こんなにいびつに繋がるものなんだろうか。
俺はこの年になるまで誰かと肌を合わせた事はなかった。
傷つくのも傷つけられるのもこわかったから。
組み敷く身体は痩せこけて頼りなく、
慣れない粘膜は軋んでいる。


まっすぐこちらに伸ばされる腕が、ただ忘れていた傷をえぐる。


新八は初めから拒まなかった。痛いともやめろとも云わなかった。
銀さんのほうが痛そうな顔してるよと云って汗をかいた顔で笑った。

にがい。

顔を歪めるほど苦い。
それでも俺はこの熱を手放せない。
手放せない自分に呆然となる。







少し高いこどもの体温が心地よくて、俺は新八の腰に顔を埋める。
うとうとしてくる前にひとりごちた。
「俺ァオマエのことなんか、好きじゃねぇから」
口に出していないと不安でしかたがない。
口に出せばそれはおそらく、真実でいてくれる。

「はいはい」
新八は別段怯んだ様子もなく、呆れたように相づちをよこす。
こども扱いされているようで、癪にさわる。
「…好きなんかじゃ、ねェから」

「二回云いましたよ」
くすりと笑われて、頬に血が上った。
「噴き出すなよ、ちくしょ、」
膝を叩いて起きあがる。顔の間近で怒鳴った。
「笑い事じゃねぇんだよ」
笑い事じゃない。こめかみがじんじんしてくる。
今更。ほんとうにいまさらだ。

あのとき誰も好きにならないと決めた。
誰とも深く関わらない。好きになるようならその前に離れる。十数年間そうして生きてきた。
そうすればさよならはこわくなかったから。

それなのに今、
いつか目覚めてこいつが隣にいない朝が来るのが
怖い。ただおそろしい。そのとき俺はどうなってしまうのか想像も付かない。


だって変わらないことなんてどこにもない。



俺は自分が泣きそうな顔をしているのがわかって、でもじくじくと蝕む心臓の痛みを振り払えなかった。

袖を掴む新八の手が、暗がりの中でそれだけが、無性に優しく思えたから、


朝がこのままいつまでも来なければいいと
そんなどうしようもないことを、祈って泣いた。







モドル