シャボン玉割れた
「新八ー」 和室で神楽ががなった。 「上手く膨らまないヨ」 「ほんと?」 台所からぱたぱたと足音が、俺の寝ころんでる居間を横断していく。 「砂糖入れてみようか」 「サトー?それでどうにかなるアルか」 「まーなるときとならないときが…」 砂糖という単語に反応して、反射的に会話に割り込む。 「無駄遣いすんなよ!オレの命の粉」 うっせー糖尿、黙れ、とステレオでつっこまれて、 俺はジャンプの下で苦い顔をした。 「あ、ホラホラ」 「ほんとだ!ふくらんだヨ」 首を伸ばして横目で眇めると、ジャンプの端から、 窓の外をぷわぷわ飛んでいく、頼りないシャボン玉が見えた。 でっかければでっかいほど、すぐに消え失せる。 激しい気持ちほど長続きなんかするはずない。 新八は子供で、自分の中に生まれたそれを上手く処理出来ないだけだ。 あいつが子供らしいかんしゃくを起こすたび、俺は大人でいなきゃなぁと思う。 どうせいつかはじけてしまうんだから、 今はじっとこらえてやりすごすしかない。 「神楽ちゃん、危ないよー」 どたどたと壁伝いに足音が聞こえる。大方神楽が屋根に上っていったのだろう。 案の定、天井から大丈夫大丈夫、とはしゃいだ神楽の声がした。 俺は顔からジャンプをどけて、気怠い身体を持ち上げた。 窓から身を乗り出す、新八の薄い背中に向き直ったらぎくりとした。 あれを突きはなさなきゃならないんだと思ったらぎくりとした。 どうしたらうまいことこいつの想いに蹴りをつけてやれるだろう。 なんか上手いやり方があるような気もしたし、それは気のせいなようにも思えた。 俺の時はどうだったかな。初恋ってどんなだったかな。 隣の長屋に住んでた奥さんだった確か。 ああでも今じゃ顔もよく思い出せないし、名前すらお滝さんだかお雪さんだかはっきりしない。 だからこいつも10年後にはそうなってる。 俺の事を思い出そうとしても思い出せなくなっている。 想像すると少し息苦しくなった。若さってのは残酷だ。 和室に足を踏み入れると、 窓枠に手を付いた新八がそのままの姿勢で振り返った。 素の、子供の目が、俺を認めて少し険を含んだものになって、口元が結ばれる。 こっちに身体を向けて、窓枠に凭れるように座り込んだ。 俺は新八のすぐ隣にしゃがんだ。顔がふいと背けられる。 「何かオマエ怒ってない?」 「怒ってますよ」 右手、シャボン液の入った牛乳瓶に立てられた指先は白くなっていた。 「誰だってまぜっかえされたら怒りますよ」 本気のこと。ぼそぼそ口の中で呟いた。 どこからどこまで本気とか、どこからどこまで本気じゃないとか、 そんなこと判らねーだろ。16なんだからわからねーだろ。 俺だってわかんないのに16のガキにわかるわけねーだろ。 そう思ったけど云わなかった。云えなかった。 代わりに頭を抱き寄せて、ぽんぽんと叩いた。 「やめてくださいよ」 新八は振り払わなかった。それをいいことにもう二回撫でた。 「気休めならやめてくださいよ」 唸るような声が続く。 「なんでもあんたの思い通りになると思ったら大間違いなんですから」 こいつが何を勘違いしてるのか知らないが、思い通りになったことなんて早々ない。 肝心な事に限って思い通りになんかなってくれない。 たとえば今俺はこいつを楽にしてやりたいと思っている。 いかった肩を下ろしてやりたいと思っている。 前みたいに、出逢ったばかりの時みたいに屈託無く笑って欲しいと思っている。 なあ俺たちの間にレンアイとかそんなもん必要ないじゃんか 新八は眉間に皺をよせたまま、 牛乳瓶につっこんだストローでぶくぶくやりはじめた。 上手くいかないことばっかりだ。 |